第23話:ノーブレスオブリージュ09
山賊の一人が勝ち誇ったように言う。
「こっちには詩人様がついてるぜ? その気になればその貧相な馬車ごと焼き払える力量の持ち主だ。無傷で逃げたり抵抗しようなんて甘い願望はこの際捨てな」
「ふーん」
「そ」
「へぇ」
カオスとリリンとアイスはやる気なさげに相槌をうった。
山賊という脅威に対してまったく畏れ入らないというのは山賊の薄っぺらいプライドを刺激するも同然だ。
「殺されたいらしいな……!」
怒気と殺気が溢れる。
が稚拙なソレだ。
少なくともカオスたちにとっては。
「御託はいいからとっととかかって来い。とは言ってもこの服を傷つけられないから詩能で焼き払うわけにはいかんだろうがな。プップクプー」
あからさまな挑発。
山賊たちはそれを、
「高級服を着ている内は乱暴にされない」
と高を括っているが故の態度だと見て取った。
事実そうには違いないのだ。
「馬と使用人はいらんな。先生、焼き殺してやってください」
「了解した」
一人の山賊が進み出た。
スーツにモノクル、手袋に革靴という典型的なインテリ気取りである。
山賊に所属しているためスーツがよれよれなのはご愛嬌だろう。
そして詩人は詩を詠う。
「光り輝く御手よ。熱く燃える御手よ。その光を我が栄光に。その熱さを我が栄光に。腕より生まれ出でて突出せよ。かかる者皆燃やし尽くせ。ファイヤーボール!」
そして詩能が発現する。
都合七節に因る詩能は炎の弾丸となって撃ち放たれ、
「ぎゃああああああああああっ!」
対象にぶつかると熱量を爆散させて焼き焦がした。
ヴァイザー家の使用人と、その繰る馬を……ではない。
リリンのフォースフィールドで跳ね返された山賊詩人本人を焼いた。
「なっ!」
これは山賊たちの驚愕。
「リリン様。フォースフィールドを解いてください」
「はいです」
呼吸を合わせるリリンとアイス。
そしてアイスが詩を詠う。
それはファイヤーボール如きに七節も詠う三流詩人とは隔絶した技術だ。
「その時を凍らせ。フリーズド」
たった二節。
だがその効果は山賊たちの絶望を呼んだ。
焼け死んだ詩人を除く九人の山賊の下半身が凍りつき、動きを止めるのだった。
その気になれば全身を凍らせることも出来るが、ドSのアイスはそれを望まなかった。
「肥大なる者よ。氷の女王の名において命ず。零へと回帰せよ。アブソリュートゼロ」
四節に因るアイスの奥義「アブソリュートゼロ」は一人の山賊を脈絡もなく消し去って見せた。
光速において質量が生まれるように、質量とは運動と密接な関係がある。
その運動を止められてしまってはこの世に留まる事は出来ないのだ。
まさに実演という形で証明してみせるアイスだった。
「まったく……たったあれだけの熱量に七節も使うなんて……山賊の手先になれ果てるしかありませんわね」
カナリヤもうんざりしている様子だった。
「熱とはこう扱うのですわ」
身動きの取れない一人の山賊にスッと腕を向けるカナリヤ。
「地獄の使者よ。我が招きに応じたまえ。そこに意味はいらず。結果さえ必要とせず。クリメイション」
五節詠唱。
炎は発生しなかった。
ただ超常的な熱のみが発生し、山賊の一人を白骨死体に変える。
「うわあああああああああああっ!」
山賊は絶望した。
理解不能への恐怖。
無知未知への畏怖。
アイスが凍らせカナリヤが焼く。
まったく正反対なれど人体が消失するという一点においては同じこと。
しかも詩能が執行されるまで意識がある。
哀願。
懇願。
命乞い。
絶叫。
阿鼻叫喚。
しかして静かな死。
結局一人を残して残りの山賊は消え去った。
「さて……」
下半身の凍っている山賊に、家畜を見るより凍えきった視線をやるアイスとカナリヤ。
ちなみにカオスとリリンはブラックジャックで遊んでいた。
割と真剣に。
「た……助けて……!」
逃げることができず、応援も期待できない。
下半身を凍らせられているため失禁さえもできない。
命乞いをするより他に打開策は無いのも至極道理ではあるのだが、
「ちょっと都合よすぎませんか?」
アイスはサディスティックにニッコリ笑った。
その笑みは、
「どうやって殺しましょう?」
と山賊に問いかけていた。
「助けて……何でもしますから……!」
「はあ。別に何をしてほしくもないのですが……」
照れ笑い。
人を殺そうというのにその奪う命を軽んじるかのような照れ笑いである。
山賊には死神の手招きに見えただろう。
「いいから本題に入れ」
これはブラックジャックをやっているカオスの言。
ちなみにカオスは賭け事に滅法強い。
ポーカーフェイスはカオスの十八番だ。
「とりあえずあなた方が根城にしている廃城へ案内してくれませんか?」
そんなアイスの提案に山賊は有無を言うことなく頷いた。
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