第22話:ノーブレスオブリージュ08


 実習三日目。


「いや、はっはっは。そりゃそうだ」


 ワシュタ山道をえっちらほっちら馬車が行く。


 馬車(?)の中でカオスはカッカッと笑っていた。


 山賊たちはワシュタ山に建てられたとある子爵の別荘(現在は廃城となっている)を根城にしているとのことだった。


 で、ワシュタ山道の行く道来る道で通りかかった人間に襲い掛かり生活の糧としているらしい。


 ちなみに王都から王属騎士団および王属詩人衆を派遣するより王立ポエム学院から詩人を派遣する方が近いからという理由で今回のカオスたちの単位である。


 先述したようにカオスにとっては進級のかかった単位でもあるのだが。


「そりゃ山賊が出るのに馬車鉄道がワシュタ山道を通るわけないわな」


 まったくもって至極当然の帰結だ。


 これも一つの山賊による弊害である。


 そこまで思考してなかったカオスたちは、


「山道を歩かにゃならんのか?」


 と戦慄(大げさ)したものだが村の人たちの好意によってリヤカーと馬を献上された。


 そして武芸百般のヴァイザー家使用人が馬とリヤカーを無理矢理繋いで自身が御者となり、カオスたちを荷車に乗せいざ出発。


 早朝から出て太陽が天頂にくるぐらいの時間をかければ必然ワシュタ山の半ばまでは食い込むことが出来た。


 それはつまり山賊たちの手足の射程内に入ったということだが、カオスとリリンとアイスは長い時間粗雑な造りのリヤカーに揺られてすっかりやる気を失くしている。


 でトランプを切ってポーカーを始める始末だ。


 一人カナリヤだけがピリピリと緊張しながら周囲の気配を読んでいたが、カオスに言わせれば、


「無益」


 の一言に尽きる。


 何故かと言えば、詩人が詩能を使う際には詩を詠う必要があるからだ。


 山賊が襲ってくるとしてまず真っ先に狙われるのは馬か御者。


 つまり移動手段を封じられる。


 その後、山賊の装備にも依るが中距離からの矢撃が常套手段だ。


 詩を詠っている暇なぞ無いのである。


 それより早く迅速な襲撃が被害者を無力化する。


「だからリラックスしとけって」


 とはカオスの言。


 実際カオス(だけではないが)はポーカーに真剣になっており勝って浮かれて負けて憂いていた。


 これほど物事を単純化し興味無しにスルーするのは命懸けという言葉から最も離れた存在だ。


 がカオスとリリンとアイスに臆す理由は無い。


 ことは単純。


 リリンの詩能である。


 カオスは自身が一節詠唱の防御詩能「パワーバリア」を持っているがこれは強力な斥力を纏って防御するものであり発動させれば周辺質量どころか大気どころか星そのものを弾き飛ばして人類が滅亡する。


 そんな斥力の講義を受けてリリンがシビライズドリミッターを超えて発現させた詩能を指して「フォースフィールド」という。


 斥力であるため目には見えずカラクリを知った詩人くらいにしか理解はされないが、現文明においてリリンのフォースフィールドを突破する現象はカオスレベルの例外でもない限り有り得ない。


 それをリリンは相対座標で常時張り続けているのだ。


 なお、そうでなくともカオスは、


「弓矢による強襲は有り得ない」


 と高を括っていた。


 なにせカオスたちが着ている服はゴールドシルクとブラックシルクを贅沢に使った高級服だ。


 布製品は血で汚れれば価値が半減する。


 であるため高級服を血で汚す……つまりいきなり流血沙汰になる可能性は排除できるのだと思えた。


 カオスの予想は、


「有り金と服を置いていけば命だけは助けてやる」


 と威嚇されるモノだ。


 中略。


 そして山賊が現れた。


 リヤカー馬車が止まる。


 山賊は道すがらに三人現れて馬車を止め、その十秒後には周囲を囲む形で計十人に膨れ上がった。


 全員が鉈や剣や棍棒といった原始的な武装をしている。


 囲まれた状況で人数を確認し、それから隠れている山賊がいないことを確認すると、カオスは言った。


「何の様でしょう?」


 遜ったのは侮蔑の表現だが、生憎そんな機微はリリンとアイスにしか伝わらない。


「有り金と服を置いていけば命だけは助けてやる」


「どっかで聞いたな」


 とカオスは思案して、自身の山賊襲撃シミュレートと一字一句違わないソレだと知って脱力する。


 ある種のテンプレート。


 お約束だ。


 少なくともカオスにしてみれば三秒もらえれば皆殺しに出来る戦力であるため脅威も戦慄も覚えようがない。


「貴族様が不用心だなぁ」


 ニヤニヤと腐臭のする笑みを浮かべる山賊たち。


「男はともかく嬢ちゃんたちは上玉じゃないか」


「いや、男も顔立ち整ってるぜ?」


「そう言えばお前はそっちの趣味だったな」


「けけけ。リード付きの首輪持っておいてよかったわ」


「お前は本当に趣味悪いな」


 空想上で好き勝手にカオスたちを嬲る山賊たちだった。


「あれ? 俺も射程内?」


 そこまでは予想外だった。


 だが新雪を思わせる白い髪とルビーをはめ込んだような赤い瞳はカオスとアイスの共通事項だ。


 そして二人そろって設計図は一緒である。


 で、あるためその道の人間の射程内には十分入る美貌をカオスは持っていることになる。


 本人は、


「勘弁してくれ」


 といった心境だが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る