第18話:ノーブレスオブリージュ04


 山賊の出るワシュタ山道まで馬で三日と云ったところらしかった。


 なるたけ山賊に狙われやすいようにカオスたちは煌びやかな衣装を身に纏った。


 臆面もなくゴールドシルクやブラックシルクを使い贅を凝らした衣装である。


 カオスは、


「悪趣味だ」


 と不平を漏らしたが、


「我慢なさってください」


 と妹が一刀両断。


 そして馬車鉄道でワシュタ山道近くまで向かう手筈である。


 煌びやかな衣装を纏ったカオスとリリンとアイスとカナリヤに、事務的なスーツを着たヴァイザー家の使用人が一人、荷物持ち兼万事の補佐として付き添う形だ。


 貴族専用の鉄道に乗ってゆったりくつろぐ一同。


「なんでわたくしがノンワードの尻拭いなんかを……」


 カナリヤが愚痴を漏らしたが、ここではカナリヤよりカオスの方が勢力としては強い。


 残る三人、リリンとアイスはカオスの味方であるし使用人もヴァイザー家の者。


 アイスがニッコリとして言った。


「カナリヤ様?」


「何ですの?」


「以後カオス兄様をノンワードと呼べば消しますわよ?」


 この場合のアイスの言は、


「殺す」


 ではなく文字通り、


「消す」


 ことを指す。


 アブソリュートゼロ。


 絶対零度にて分子運動を完全停止させるアイスの言葉は氷の刃となりカナリヤの心中深くに突き刺さった。


「コールドブラッド……アイス=ヴァイザー。あなたも公爵の出ならばカオスの態度に不条理は覚えませんの?」


「カオス兄様はこれで良いと思っておりますが」


 いとも平然とアイスはカオスの味方をした。


「貴族としての矜持も責任も持たず、あまつさえ詩能を習得しようともしない。ノーブレスオブリージュさえ履行しようともしない堕落の象徴。それがカオスですわよ」


「ゲラゲラゲラ」


 無遠慮に笑ったのはカオスだった。


 嘲笑。


 唾棄。


 何より滑稽だとカオスは笑った。


「何がおかしいんですの! この駄犬!」


 カナリヤのプライドに触れるのは当然だ。


「いやいや、ご高説痛み入るね」


 皮肉を押さえようともしていなかった。


「じゃあ聞くが貴族ってのは何で偉いんだ?」


「脈々と続く統治の血統。その誇りと矜持を抱いているからこそ貴族は高貴で冒し難いものですわ」


 まったく真顔で返すカナリヤ。


 カオスは意地の悪いニヤニヤ笑いを崩さない。


「俺の意見は違うなぁ」


 反論すると、


「ええ、でしょうね」


 あえなくカナリヤは納得。


「貴族としての自負の無いあなたは貴族失格ですわ」


「いやいや」


 肩をすくめる。


「そういう意味じゃない」


「では?」


「貴族ってのは要するにヒモだろ?」


「……はぁ?」


 眉をひそめるカナリヤだった。


 カナリヤには有り得ない理論であったからだ。


 完全貴族主義のカナリヤにカオスの言は理解不能だった。


「考えても見ろよ。貴族は平民の金で安穏と暮らしているんだぜ? これがヒモでなくて何だって言うんだ?」


 そんなカオスに、


「これだからカオスは」


 侮蔑の言葉をカナリヤはぶつける。


「何もわかっていませんわね」


「ほう?」


「貴族は陛下から賜った土地の支配を責任として持ちます故に税を徴収する権利を持ちますわ。つまり効率の良い統治の対価として税を受け取る権利を有しますのよ?」


「だからソレがヒモだろ?」


「人の話を聞いてましたの?」


「じゃあ聞くがな」


「何でしょう?」


「誰が『統治してください』って言ったんだ?」


「…………」


 沈黙するカナリヤ。


「誰が『支配してください』って言ったんだ?」


「…………」


 思考はするものの纏まらない様子であった。


「仮に武の帝国が縁の王国を負かして統治権を手にしても平民は支配される人間が変わるだけで大した違いは覚えないと思うんだがな」


「そ、それは……」


「それは?」


「敗戦国の立場の悪化は必然です。である以上平等かつ公正な統治を平民は望んでいるはずですわ!」


「はず、と言ったな」


「……っ!」


「平民一人一人に聞いてそういった結論に至ったのか?」


「それは!」


「違うだろう?」


「確認するまでもない前提条件でしょう?」


「そういうのを指して思考停止って呼ぶんだよ」


「……っ!」


「平民から何の権限があるのか税金と称して金を集めて安穏と贅沢に暮らす。それが貴族の本質に違いあるまい?」


「それは暴論です!」


「じゃあ反論してみろよ」

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