第19話:ノーブレスオブリージュ05


「貴族は税を徴収して地域の統治と文化の庇護を行なっていますわ! 実際優れた文化については貴族の庇護がなければ成り立たないでしょう?」


「それで平民の腹はふくれるのか?」


「……え?」


「だから、それが税金を納める平民に対してどんな還元が為されるんだよ?」


「それは……」


「オペラや演劇、音楽に小説。たしかに貴族の庇護が無ければ現文明では成り立つまいよ。だがそれが税金を納めている平民に実質的な利益をもたらした例があるか?」


「…………」


「それらの文化を庇護して楽しんでいるのは何時でも何処でも貴族のみだ。貴族は教養や嗜みと言っているが、それを貴族が楽しんで平民に何の益がある?」


「…………」


「文化の庇護? 統治と責任? 要するに『自分は偉いから金を払え』と言って平民の血税に胡坐をかいているのが貴族の本質じゃないのか?」


「そんなこと……!」


「ないのか?」


「うぅ……」


「そもそもにして仕事と生きることに金が要るのは必然だ。それはいい。非生産的とはいえ貴族がその仕事に従事しているなら金が必要なのは否定しない」


「でしょう……?」


「だったら平民と同じレベルの税金の徴収でいいじゃないか」


「…………」


「食べていけるだけの金を税金として徴収すれば仕事は出来るだろう?」


「…………」


「だが現実は違う」


「…………」


「豪奢な屋敷。豪華な食事。使用人を雇って偉そうに命令する権利。どれも贅を凝らしたものだな?」


「…………」


「どうして平民と同じレベルの生活をしないんだ? そうすれば税金だって軽くて済むし平民と対等の視線で働きかけられるだろう? なのに貴族というだけで豪華な生活をし、そのせいで飢餓に苦しむ平民まで現れる始末だ。お前らが高級な食材をとっている時に同じ地上で何も食べられない平民がどれだけいるか知ろうとしたことはあるか?」


「…………」


「さて、最初の質問に戻ろうか」


「なんですの?」


「貴族は何で偉いんだ?」


「貴族としての血統が……」


「つまり生まれつき人は不平等を突きつけられる……と、そう言いたいのか?」


「それは……っ!」


 カナリヤの矜持はいたく傷つけられていた。


「それならあなたは貴族は無価値だと?」


「ああ、居ても迷惑だし居なくても問題ないな」


 あっさりとカオス。


「ならばやはり間違っていますわ……!」


「何が?」


「貴族は統治する民を守る者です」


「ほう?」


 疑問の様には聞こえたがカオス自身は飄々としていた。


「戦争が起これば貴族は責任を持って統治する土地を守る責任があります。それ故に……命を懸けているが故に……貴族は貴族たり得るのですわ」


「ふーん」


「実際此度の山賊退治が良い例でしょう? 貴族として平民の財産と自由を守る。これが貴族を貴族足らしめる理由ですわ」


「じゃあ聞くがな」


「何ですの?」


「仮に戦争が起こったとする」


「ですわ」


「お前は誰より先陣を承って敵に突貫するのか?」


「それは……」


「貴族が戦争をするにあたって、平民を歩兵として扱い領土を守る。それはいい」


 カオスは肩をすくめた。


「だが聞くがな」


 本質を切り出す。


「なら貴族は贅沢の代償として平民を守るために動くのか?」


「当然ですわ!」


「ならお前は敵軍が攻めて来たら真っ先に特攻するんだろうな?」


「…………」


 反論の余地もない。


 少なくとも反論できないことをカオスは熟知していた。


「どうせ『貴族は平民の歩兵を指揮するべき者』とでも思ってるんだろう?」


「……それの何がいけませんの?」


「結局命を懸けるのは貴族に率いられて敵に特攻する平民であって、貴族は指揮監督するだけで安全地帯を動かないってことじゃないのか?」


「…………」


「おかしいな。おかしいぞ」


「…………」


「税金を徴収して贅沢な暮らしをし、平民には手の届かない文化の庇護を行なって、しかも戦争になれば平民を特攻させて自身は指揮官だと言い張って安全な場所にいる」


「…………」


「これがヒモじゃなくて何だって言うんだ?」


 もはやカナリヤに反論する術は無かった。


 それは一側面として事実であるのだから。


 要するに貴族とは必要悪だ。


 無ければ困るが別に誰が執り行おうとも平民には関係ない。


 首が挿げ替えられても税金を納める相手が変わるだけ。


 それが貴族の本質だ。


 そしてそれをこそカオスは指摘してみせたのだ。


「カオスは貴族が嫌いなのですか?」


 最後の良心がそんな反論をした。


「いいや? 別に」


 カオスは飄々と。


「貴族は貴族でいいんじゃないか。不条理な存在ではあれど、ヒモをヒモだと納得できれば生まれついての恵まれたものだと納得できるしな」


 ありえないことを平然と言ってのける。


「ま、生まれた時点で勝ち組だよな」


「であればあなたにとって貴族とは……」


「ああ」


 はっきりと頷く。


「社会に対する寄生虫以上のモノじゃない」


 ある意味で正答。


 ある意味で真理。


 だからカオスに気負いは無かった。

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