第12話:鬱だ。詩能。06
二週間が経った。
その間カオスとセロリは貴族寮と共有図書館に入り浸っていた。
ちなみにセロリの単位はヴァイザー公の権力で何とかなった。
何とかならなかったのは乙女心である。
どういうことかと言えば、
「カオス様……」
「カオス兄様……」
食事中までセロリにレーザーとは如何なる原理かを語っているカオスに納得のいかない許嫁と実妹だったというわけだ。
セロリはセロリで地頭が良いのかカオスの解説をスポンジが水を吸うように理解を深めるのだった。
そしてカオスがセロリを保護して二週間。
カオスは未だセロリを抱き枕として寝ていたのである。
これでリリンとアイスが面白かろうはずもない。
「この時の角速度によって生まれる波が……」
「この場合はこの地点で波の重ね合わせが……」
「光速は例外を除いて物質世界の最高速度であり……」
「相対的にも速度が一定で……」
「この位相の揃えによって生まれるエネルギーは……」
二週間かけて未来のレーザー工学を教えるカオス。
つまりセロリにつきっきりと云うわけだ。
再度になるがリリンとアイスが面白かろうはずがない。
「で、相対性理論によると……」
と今日も今日とて夕食時。
カオスがセロリにレーザーや光について講義をしているところでリリンとアイスのならぬ堪忍が抑えられなかった。
「カオス様!」
「いい加減になさってください!」
「何を? 疑問には意図があるはずだろ」
「そこからですか!」
「そこからです」
「リリンはカオス様の許嫁です!」
「知ってる。愛してるぞリリン」
ニコリと微笑むカオス。
それだけで、
「……あう」
しおしおとリリンは顔を真っ赤にして縮こまった。
乙女心の敗北である。
あるいは勝利か。
「アイスはカオス兄様の妹です!」
「ああ。自慢の妹だ」
ニコリと微笑むカオス。
それだけで、
「……あう」
しおしおとアイスは顔を真っ赤にして縮こまった。
閑話休題。
「で? 何をいい加減にしろって?」
「カオス様はリリンたちを蔑にしてるんじゃないかと……」
「そうですそうです……」
心のこもらない反論。
「いや、セロリの理解力が優れていてな。これほど打てば響く逸材は中々いない。講義のしがいがあるってもんだ」
「それだけですか?」
ジト目で尋ねるリリン。
アイスもジト目だ。
その程度で怯むカオスでもなかったが。
くつと笑う。
「可愛いなぁお前らは……」
その感情を嫉妬と悟っては苦笑するより他は無い。
「大丈夫だ。セロリがいっぱしの詩人になったらお前らにも構ってやるから」
「出来るんですか?」
「出来るんでしょうか?」
「そのためにレーザー工学を教えているだろう?」
「知識は決して詩能とは繋がりませんよ」
ちゃちなアイスの反論に、
「んなこたねぇぞ?」
カオスは反論を重ねる。
「何を以て?」
「お前のアブソリュートゼロが良い証拠じゃねえか」
「…………」
沈黙。
アイスの持つ最大詩能。
名を、
「アブソリュートゼロ」
と云う。
対象を絶対零度まで冷やすことで消滅させる物質界における最強の攻撃方法。
「アイスに熱力学を教えることでアイスはアブソリュートゼロを覚えた」
「…………」
「それはこの世界にはまだ存在しえない技術だ」
「…………」
「つまり文明における認識の違いによって詩能は幾らにも千変万化する。概ね強力な方にな。で、ある以上、無知な文明には認識外の技術を詩能で再現できない。それをリリンもアイスも知っているだろう?」
「…………」
「…………」
沈黙。
「これを指してシビライズドリミッターと呼ぶ。つまり文明が進めば進むほど……もっと言うならば世界への理解が深まれば深まるほど……詩能による現代技術の再現は強力かつ便利なモノと相成る」
「…………」
「…………」
「俺の前世では詩能の一節詠唱でさえ星一つ破壊する威力を持っている。が、こっちの世界では五節も詠唱して歩兵小隊を全滅させるのがやっと。これをリミッターと呼ばずになんと呼ぶんだ?」
「それは……」
「そうですが……」
「だからセロリにレーザー工学を教えることには意味がある。レーザーが如何なるものかを認識させることで、いまだ人類の認識のアンタッチャブルに触れさせることができると……そういうわけだな」
「ではセロリにはレーザーの詩能を?」
「ああ」
さっぱりとカオスは肯定した。
「俺が使える攻性詩能で一番無害なソレがレーザーだからな。今日の日が暮れたらセロリに見せる予定だったんだ。なんならリリンとアイスも付き合うか?」
「付き合います」
「同じく」
「別に見て楽しいモノでもないんだがな」
飄々としてカオスは夕食のパエリアを食べた。
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