第11話:鬱だ。詩能。05


「とりあえず、だ」


 次の日。


 カオスとセロリはポエム学院の原っぱにいた。


 リリンとアイスは講義に出ている。


 今この場には二人だけ。


 その内の一人であるカオスが、


「今ある中で最高の詩能を示してみろ」


 ともう一人であるセロリに言った。


 セロリは目を瞑って精神統一すると、


「天より来たれ。その身の一部を切り離し。それが汝の恵みならば。あえて我は受けよう。ブリーズ」


 と五節の詠唱を行なった。


 詩能だ。


 ブリーズ。


 即ちそよ風。


 五節の詩を紡いでおきながら起こした奇跡がそよ風。


 まさに劣等生の見本である。


 もっともこれには理由がある。


 それを理解させるのもカオスの仕事だ。


「なるほどな」


 大体のことをカオスは察しえた。


「とりあえずリミッターの解除から始めるか」


 そういう方針になるのだった。


「リミッター……?」


「まぁそれは後述するとして……」


 あっさりセロリの疑問をスルーして、


「光は知ってるか?」


 根本的なことをカオスは問うた。


「む……」


 とセロリ。


「それくらいは……知ってるの……」


「説明してみろ」


「明るさを……確保する物……」


「二十五点」


 一刀両断だった。


 もっともセロリが百点の回答を提示することは人類の文明上有り得ないことではあるのだが。


「どこから話したモノか……」


 カオスは頭を捻る。


 チンパンジーにロケットの操作を教える方がまだしも簡単そうに思えた。


 実際そう言った例は前世のカオスでは有り得ていた。


 原っぱにヒュウと風が吹く。


「じゃあまずは光に本質を知ってもらうか」


 それがカオスの結論だった。


「光の……本質……?」


 困惑するはセロリ。


 カオスは空を見上げた。


 今日は快晴。


 春には珍しい雲一つない青空だ。


「ん」


 頷く。


「いい感じ」


 そんなカオスの言。


「…………」


 セロリはカオスの言葉を待った。


 そしてそれを理解しているカオスは疑問を発した。


「空は青いよな?」


「青い……です……」


「蒼穹という言葉もある」


「然り……です……」


「空は何故青いか。わかるか?」


「?」


 クネリと首を傾げるセロリ。


 当然だ。


 空が青いことに理由を求める方がどうかしている。


 そしてカオスはどうかしていた。


 そも、そうでなければシビライズドリミッターは解除できないのだが。


「空が青いことに……理由が……あるの……?」


 セロリの疑問に、


「ある」


 断固たる言葉でカオス。


「そもそもおかしいと思ったことはないか?」


「何に……?」


「昼は青い空が夕方には赤く染まることを」


「そういうものじゃ……ないの……?」


「それは思考停止だ」


「あう……」


「まず前提条件から解決していこうか」


「前提……条件……?」


「波って知ってるか?」


「水が……刺激を受けると……起こる……揺れのこと……だよね……?」


「まぁ間違っちゃいない」


 それでは赤点でもあるのだが。


「光も波だと言ったら驚くか?」


「光が……波……?」


「ああ」


 そっけなくカオスは首を縦に振る。


 正確には光は『波形』と『粒子』の双方の概念を持つのだが、ここにて必要な認識ではない。


 そのためカオスは光を波と断じた。


「さて、じゃあ光が波だと定義して『何故空が青いのか?』に戻るか」


「わかんないよ……」


「虹を見たことはあるだろ?」


「うん……」


「光には……この場合は太陽光には、だな……波長の違う光同士が混じりあっている」


「?」


「この際赤外線や紫外線は後述するとして、赤から紫までの光が混じりあっているんだな」


「そう……なの……?」


「そうなの」


 コクリと頷く。


「で、波長の違う光の集合体は屈折率が違う。故に真空中ならともあれ水分にぶつかると各々の光の屈折率に違いが生じてしまい七色に分かたれる」


「…………」


「つまり太陽光は七色を持つんだな」


「なるほど……」


「さて、再度話が逸れたが当然太陽光は虹色を持っているが故に青い光や赤い光をも含んでいる」


「そうだね……」


「で、青い光は大気中においては散りやすく、赤い光は大気中においては散りにくい性質を持つ」


「どういう……こと……?」


「光は波だと言ったろう」


「言った……」


「つまり光が波である以上、波の起伏や振動にもそれぞれ違いがある。振動数って云うんだが青い光ほど振動が激しく赤い光ほど振動が大人しい」


「はあ……」


「であるため大気中において振動が多いということは物質にぶつかりやすく、振動が少ないということは物質にぶつかりにくい。人ごみの中で直線的に歩くよりジグザグに歩く方が人とぶつかりやすいだろ」


「確かに……」


「昼間の空が青いのは太陽が地表に近いため青い光が散って青に染めるからだ」


「うん……」


「夕方は太陽が地表より遠いため散りにくい赤が地表に届くから赤く染まる」


「うん……」


「つまりそれ故に光が波だという明確な証拠だろう?」


「そう……だね……」


 理解はしたらしい。


 セロリは肯定した。


「さて……」


 そしてカオスは話を変える。


「太陽の光は暖かいだろう?」


「うん……。暖かい……」


「灼熱砂漠では熱いくらいだ」


「うん……。聞いたこと……あるよ……」


「お前だってルーペくらいは使ったことあるだろ」


「それが……?」


「黒い紙にルーペで光を収束させて燃やしたことはないか?」


「あ……。やったこと……あるよ……」


 次の言葉をサクリとカオスは言い切った。


「それを極端にすれば光で万物が燃やせると思わないか?」


「光で……万物を……燃やす……?」


「太陽の光が暖かいんだから光で熱を発生させることに不可思議はないだろう?」


「言われて……みれば……」


「というわけで」


 カオスは会心の笑みを浮かべた。


「今からお前にレーザー工学の粋を教えてやるよ」


「レーザー……?」


「光の位相を揃えて収束させることで効果を出す技術のことだ」


「お手柔らかに……お願い……します……」

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