第9話:鬱だ。詩能。03


「セロリは……詩能が……下手で……クラスで……ううん……学年でも……下から数えた方が……早いから……」


「ほう」


「貴族の男の子が……自分のカキタレに……なったら……詩能を……教えてあげるって……言ってきて……」


「拒否したら虐められた、と」


「はい……」


 実に簡単な話ではあった。


「よし!」


 カオスが言った。


「駄目」


 リリンが制した。


「駄目です」


 アイスも制した。


「まだ何も言ってねぇ」


「言いたいことはわかります」


「ですから危惧していたんです」


 あえて明確に言葉にはしない。


 すればセロリが傷つくことを承知しているからだ。


「お前らに人間味は無いのか」


「それはこっちのセリフです」


「すごい勢いで棚に上げましたね」


 状況を不利と悟るやカオスは別方面から攻めた。


 無論明確には言葉にせず。


「じゃあ他に解決法は有るか?」


「それは……」


「ですけど……」


 リリンとアイスはチラチラとカオスとセロリを交互に見やる。


「?」


 セロリは不明瞭な会話についていけず茶を飲むことに終始している。


 正しい判断ではあるが。


「俺たちがやるしかないんだ」


「学院側に言い聞かせれば済む話では?」


「陰にこもる様になるだけだろ」


「ですけど……」


「とにかく俺が決めた。反論は受け付けない」


 こういう時、許嫁の夫側であり兄妹の兄側のカオスの言動は有利だ。


「カオス様は横暴です」


「カオス兄様……」


 趨勢は決した。


「セロリ」


「はい……」


「今日からここで暮らせ」


「…………」


 沈黙するセロリ。


 さもあろう。


 誰だって異性で年上で貴族の人間にそんなことを言われれば危機感と打算と気後れを感じて当然だ。


「大丈夫だ。狼になったりしないから。むしろ逆だぞ。ただでお前に詩能のコツを教えてやる」


「…………」


 今度の沈黙は若干セロリの目が細められた。


 不信と猜疑とジト目が一対一対一でブレンドされている。


 カオスは有名人である。


 それも学院単位で。


「ヴァイザー公爵の嫡男」


「知識教養は上から一番」


「詩能教養は下から一番」


「そもそも学院にいる意味あんのか」


「貴族だからしょうがない」


 で有名な生徒である。


「詩能を教える」


 という言葉がこれほど空虚に聞こえる詩人もいないだろう。


「単位については気にするな。権力を使えばどうとでもなる。というか事実俺がどうにかなってる。だから安心しろ。ここに居れば虐められないし詩能も上達できる。悪い話じゃないはずだ」


 漂う胡散臭さをリリンもアイスもあえて指摘しなかった。


 そうでなくとも二人は知っているのだ。


 ノンワードというやる気なし詩人の本来の能力を。


「失礼を……承知してもらいたいです……」


「何でも言ってごらん」


「先輩は……ノンワード……ですよね……?」


「ああ」


 この時のカオスの言葉はむしろ素っ気ない。


 気にしていない。


 というより考察に値しないという方が正確だ。


「詩能……使えない……んですよね……?」


「使えるぞ?」


「嘘……」


「本当」


「じゃあ……なんで……」


「面倒だから」


「…………」


 沈黙するセロリ。


 あまりの屈託の無さにカオスの言葉が真実だと反射的に悟ったのだ。


 茶色い瞳は幼いなりに損得を天秤にかけて打算しているよう細められた。


「悩むのは結構だが答えは出てると思うがな」


 茶を飲んで、


「ほ……」


 とカオスは吐息をつく。


「それでは……お願いします……カオス様……」


「様はいらない」


「はい……?」


「カオスと呼び捨てろ。様はいらん」


「畏れ……多い……です……」


「妥協案が必要だな」


 茶を飲んでしばし、


「じゃあ『お兄ちゃん』で」


 ある種の背徳感ある提案をするカオスだった。


「妹ならアイスがおりますが……」


 ムッとなるアイスに、


「必ずしも実妹である必要は無いだろ」


 のっぺらぼうな声でカオスが反論。


「カオス兄様は……」


「食事と睡眠……後は女の子でもいれば俺には十分だからな」


「お兄ちゃん……」


 どこかしら、カオスをお兄ちゃんと呼ぶセロリは嬉しそうだった。

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