第8話:鬱だ。詩能。02


「カオス様……」


「カオス兄様……」


「勘弁だ」


 カオスは両手を挙げて降参した。


 許嫁と実妹のジト目に参ってしまうカオスだった。


「どういうことです?」


「どういうことですか?」


 ちなみにセロリは風呂に入っている。


 使用人を一人つけているため問題も起きないだろうことは明白だ。


 そしてリリンとアイスがカオスを詰問するのは今を置いて他に無い。


 セロリが風呂から上がった後でセロリに聞こえる範囲でカオスに、


「何故連れてきた」


 と詰め寄ればセロリが罪悪感を覚えるからである。


「虐められてたんだよ。スクールカーストの底辺の気持ちがわかるんで見過ごせなかっただけだ」


「本当に?」


「それだけですか?」


「しつこい」


 それで話は終わりだとばかりにカオスはアイスティーを飲む。


「むぅ……」


「むむ……」


 リリンとアイスは不納得気だ。


 無論、気にするカオスではないが。


 そうこうしている内にセロリが風呂からあがった。


 使用人によって丁寧に髪の水分を拭き取られ、アイスのパジャマを着せられている。


 セミロングの茶髪が眩しい美少女がそこにはいた。


 セロリは風呂上り故か顔を赤く染めて、


「カオス……先輩……ありがと……」


 と言ってペコリと一礼。


「気にすんな。こっちもちょっと事情が聞きたかったから御相子だ」


「じじょう……?」


 どうやらセロリの言葉は舌っ足らずらしかった。


「まずは飯だ。セロリも食っていけ」


「悪いです……」


「もう作るよう使用人に言っちまった。一人分余らせるのもそれはそれで勿体ないだろ。お化けが出るぞ」


「それなら……」


 セロリは一礼。


 そしてその場に立ち尽くした。


「空いている席に座っていいぞ」


 そう促して漸く、


「はい……」


 と言って椅子に座る。


「何と言うか……」


 ダイニングテーブルに頬杖をついてカオスは苦笑する。


「卑屈だな。お前は」


「ごめん……なさい……」


「責めてるわけじゃない。その気持ちは……あー……俺には縁は無いが想像できないこともない」


 少なくともスクールカースト最底辺にいながらカオスに卑屈や自責の念は無いし、高位の生徒を見て畏れ入ったりもしない。


 それはそれで気楽なのだろうが、一般的に虐められる側でそこまで楽観論に浸れる者はそうはいまい。


 もっとも人生経験で言えば転生者のカオスに一日の長があるわけだが。


 ところで今日の夕食はドリアだった。


 犠牲となった命に感謝した後に食事。


 中略。


 完食。


 食後のお茶を皆で飲みながらカオスが口を開く。


「セロリ」


「は……はひ……」


 お茶を飲むのを急に止めてかしこまる。


「しょうがない」


 ともカオスは思う。


 虐められている以上、他者が恐いのは必然だ。


 その上先輩。


 なおかつ貴族。


 萎縮しない方がどうかしている。


「お前、虐められてるのか?」


「はひ……」


 コクリとセロリは頷いた。


「理由を聞いてもいいか?」


「セロリの……詩能が……へっぽこだから……」


「ほう」


 茶を飲むカオス。


 そのルビーの瞳に映った光をリリンとアイスは見逃さなかった。


 会心のソレである。


「もうちょっと詳しく聞かせてもらうわけにはいかないか?」


 カオスは茶を飲みながらの何気なさを装っており、セロリにもその様に見えているが、リリンとアイスにはカオスがうずうずしているのが手に取るようにわかった。


 幼馴染の二人にしてみればとてもわかりやすいカオスの気質である。


 即ち……暇潰し。

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