第7話:鬱だ。詩能。01


 毎度毎度だがカオスは今日も講義をサボっていた。


 ただし今日は原っぱで昼寝をしていない。


 学院共有図書館で娯楽作品を読んでいた。


 正義の詩人が悪の魔術師(正確には昔からの習わしとして悪に奔った詩人を魔術師と呼び蔑むため『悪の魔術師』は重複表現になるのだが)をやっつけてお姫様を取り返す、というものだ。


 教科書や参考書や聖書や哲学書にカオスは興味が無い。


 そう云った教養は既に前世で学びつくしている。


 元々ポエティックソルジャーを駆る傭兵稼業ではあったがブレインユビキタスネットワークを通じて教養を深めることは可能であった。


 そのため今世においては娯楽作品くらいしかカオスを惹きつける物は無かったのだ。


 ブレインユビキタスネットワーク自体はさすがに失われたが、知識そのものはそっくり持ってきている。


 というよりジハードとの衝突に際してブラックホールに巻き込まれたのはわかるし、事象の地平面の内部では通常の物理法則が通用しないこともわかってはいるが、過去に送られたにしろ、


「何故転生なのか?」


 がカオスにはわからなかった。


 今だ問い続けて答えの出ない疑問である。


 そも、この世界に答えは用意されていない。


 仮説は一つ立っているが、それが正しいかどうか証明しようもない。


 ともあれ未来の知識と技術を持っている以上、知らないということの方が少ない憂世であり、過去の娯楽作品を読んで自分でも作品を書くのもカオスの一つのスクールライフである。


 もっともカオスは読み手としてはそれなりではあるが書き手としてはへっぽこを極めているため自分でも面白いと思える作品を書けた試しがなく、原稿用紙をビリビリ破ってゴミ箱へ運搬するのもスクールライフの一環だ。


 リリンとアイスはそれぞれ講義に臨んでいる。


 カオスにとっては知識教養の講義は聞いていて冗長で詩能教養は畑違い。


 であれば昼寝するか娯楽に触れるか二つに一つというわけだ。


 そして学院共有図書館は暇をつぶすにはちょうどいい場所だった。


 王立ポエム学院には幾つかの図書館がある。


 中等部生用。


 高等部生用。


 研究部生用。


 知識教養専門


 詩能教養専門。


 エトセトラエトセトラ。


 そんな中でビッグベンと同じく学院の中央に位置する学院共有図書館は、学院全ての生徒に開かれた図書館で蔵書量も他のソレと比べて一回りか二回りほど多い。


 一応他にも図書館はあるが、


「共有図書館に行けば間違いない」


 が学院生の共通意見だった。


 単位の隙間を縫うようにまばらに生徒はいるが、さすが朝から夕方までダラダラとジュブナイルを読んでいるカオスを新参者の図書委員は眉をひそめて見やっていたが、事情を知る者にとっては今更である。


 ソファに寝っ転がって娯楽本を読む様は怠惰を体現していたが、元より他にすることもない。


 眠気の来ない日や雨の日などは図書館に入り浸るのがカオスである。


 そうして学業が終わった。


 ビッグベンの鐘の音がソレを知らせる。


 カオスは本を閉じて返却口に差し出すと共有図書館を出ていった。


 まだまだ春の夕方は肌寒い季節。


 風にぶるっと肌を振るわせる。


 暖をとろうにもそんな能力を、


「持ち合わせていないこともないんだがな……」


 苦笑してしまうカオスだった。


 ただしその場合地球が灼熱地獄となり人類の宇宙進出および繁栄はタイムパラドックスの対象となるわけだが。


 一つカオスが抜け落としている可能性として、


「前世のカオスの繁栄している人類が現在のカオスの人類と繋がっていない」


 というものがある。


 ただし考察することに意味は無い問題だ。


 宇宙自身が言葉を使って言葉を使う人類を生み出している以上、カオスの知っている人類が唯一無二だという保証は何処にも無いのである。


「今日の御飯は何だろな」


 と調子外れの歌を唄いながら寮部屋に帰宅している最中、亀を見つけた。


 そして亀を虐めている子供たちも見つけた。


 子どもたちと云っても中等部の制服を着ているというだけで年齢的にはそう差は無いのだが。


「これこれワッパら。亀を虐めて何とする」


 興味本位でカオスは仲裁に入った。


「何すか先輩?」


「こっちの問題だっつーの」


「あ、こいつノンワードだぜ」


「仲間がいたじゃないかセロリ」


「キャハハハハ」


 二人を同時に侮辱するという器用な行為を行いながらワッパらは去っていった。


 残ったのはカオスと亀さん。


 亀さんは虐めっ子たちが去ったのを知ると、


「う……え……?」


 と頭を上げて、カオスと視線を交錯させた。


 亀さんは美少女だった。


 制服は中等部の物。


 ネクタイから察するに一年生だろう。


 茶色い髪をリボンでおさげにしており、瞳も同じ茶色。


 鼻筋の通った整った顔立ちで美少女の部類には十分入るが、さすがに年齢的に幼さやあどけなさが残っているため女性として扱うことに躊躇われる部分があった。


「やっほ」


 カオスはなるたけ気さくに見えるように亀さんに声をかけた。


「あ……う……?」


「俺はカオス。お前の名は?」


「セロリ……」


「セロリね」


 虐められていた亀さん改め美少女セロリは砂やら埃やらで全身が汚れていた。


「とりあえず風呂だな。ついてこい。風呂、貸してやるから」


「あ……う……」


「ああ、信用できないか……。当然だわな……。とりあえず俺には許嫁がいるし幼子は守備範囲外って言えば納得してくれるか? うちの寮は俺の許嫁と妹と……それから使用人がいるから男と二人きりって状況にはならないはずだ」


「でも……迷惑じゃ……」


「こっちが提案してるんだ。迷惑なんてあるものかよ」


「いい……の……?」


「さっきからそう言ってる」

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