第3話:それから十七年後02


 金髪の美少女は名をリリン。


 白髪の美少女は名をアイス。


 二人ともカオスと縁のある少女である。


 リリンはシュワルツェン伯爵の家系でカオスの許嫁。


 年齢および学年はカオスと同じでありクラスメイトでさえある。


 成績は上の中。


 少なくともシュワルツェンの家名を汚すような成績ではない。


 それがカオスには眩しかったが言葉にしたことは無い。


 アイスはカオスの実の妹。


 カオスとリリンの一年下であり高等部一年生。


 才色兼備であり、学院の麒麟児と呼ばれている。


 兄であるカオスが知識教養で学年一位および詩能教養で学年最底辺であるのに対し、アイスは双方ともに学年一位である。


「兄妹っていうのはバランスがとれるように出来ているんだな」


 と学院生に思わせる二人だった。


「で?」


 と声を発したのはリリンの方。


「カオス様は次の講義もサボるんですか?」


 許嫁とはいえカオスに「様」をつける辺り公爵と伯爵の因果関係が透けて見える。


「別に出る必要性が無いしなぁ」


 ぼんやりとカオス。


「カオス兄様は不真面目です」


 憤然とアイスが言う。


「お前がいればヴァイザー家は安泰だ」


 無責任にカオス。


「カオス兄様が長男なのですからヴァイザー家の血統と歴史とに責任を持ってくださらねば困ります」


「知ったこっちゃござんせん」


 一刀両断した後、


「リリンが白でアイスがピンクか。うーん……僅差でリリンだな」


 カオスは悩むように眉を寄せて呟いた。


「?」


「?」


 クネリと首を傾げた後、


「っ!」


「っ!」


 状況を悟ってカオスから距離をとるリリンとアイス。


「カオス様……」


「御ふざけが過ぎます……」


 リリンとアイスの瞳には羞恥と憤怒が覗いていた。


 気にするカオスでもなかったが。


 そもそもパンツを見たくらいで動揺するほど可愛いタマじゃない。


「よ……っと」


 腹筋運動の要領でカオスは上半身を起こす。


 同時にポエム学院のビッグベンがウェストミンスターチャイムを鳴らした。


 次の講義の合図である。


「ほら、講義の時間だぞ」


 自身が学生でありながら平然と鐘の音を聞き流し二人を催促するカオス。


「…………」


「…………」


 リリンとアイスは視線を交わし嘆息した後、


「リリンもサボります」


「アイスも以下略」


「不良め」


 どの口が言うのかという話ではあるが。


「それよりカオス様」


「何だ?」


「また遠い世界の話を教えてください」


「アイスも聞きたいです。カオス兄様のお話」


 ゴールドとルビーの視線は、


「興味津々」


 と熨斗をつけてカオスに送られた。


 この二人に限って言えばカオスの事情に精通しているのである。


 生まれついてからいつも行動を共にしているためカオスの聡い所や、無気力かつ自堕落な割に教養を備えている理由を知っている。


「面倒だから他人には話すなよ」


 とカオスは釘を刺しているが。


「この前は何を話したっけか?」


「えーと……たしか……」


 リリンが首を傾げ、


「月が地表に落ちてこないのは大地が丸いから……でした」


 アイスがよどみなく答える。


「なら今日はちょっとした宇宙の話でもしようか。地動説って知ってるか? 知ってるわけないよな」


「ちどうせつ……って何です?」


「天動説と対極に位置する理論だ」


「つまり?」


「読んで字の如く……なんだがなぁ」


 春風が吹く。


 ポエム学院の原っぱの草が揺れて陰影を波打たせる。


 既に学院の講義は始まっているが、こと知識教養の面においてカオス、リリン、アイスは突出した能力を持っているためサボっても支障は出ない。


「天動説は天が動く説。地動説は地が動く説。ほら、文字通りだろ?」


「もうちょい詳しく」


「別に大したことでもないんだが……」


 あっさりと地動説を講釈してのけるカオス。


「太陽が地球を、ではなく地球が太陽の周りを……!」


「そ」


 遠心力と慣性の法則についての理解は既にリリンおよびアイスの得ているところだ。


 まだこの世界には誕生していない概念だが遥か未来の知識を持つカオスにしてみればポストに、


「赤いですね」


 と言うくらいくだらない前提である。


「この恒星と惑星と衛星の群体を恒星系と呼ぶ。そしてさらにこの恒星系もまた銀河と呼ばれる巨大な星の集合体の一部に過ぎない」


「銀河……ですか……」


「そ。星々の集合体。俯瞰すると綺麗だぞ」


「カオス兄様は見たことがあるのですか?」


「そりゃまな」


「カオス様。どうやったら銀河を俯瞰できますか?」


「宇宙に進出すればいい」


「しかして宇宙速度を突破しないと地球を離れることは出来ないんですよね?」


「ん~、まぁ別に見せてやってもいいんだが面倒くさいんだよなぁ」


「カオス様らしいです」


 クスリと許嫁が笑う。


 幼馴染であるカオスとアイスにのみ見せる愛嬌百パーセントの笑みだ。


「可愛い可愛い」


 とカオスはリリンの頭を撫でる。


「あう……」


 あまりの歓喜に畏れ入るリリンだった。


 婚前交渉こそ禁止されているもののカオスとリリンは親の決めた許嫁同士である。


 カオスと恋心の距離感を計りかねているところがリリンには有る。


 カオスには無いが。


「カオス兄様。リリン様にばかりズルいです」


 拗ねたような(というより拗ねて)言葉を紡ぐアイス。


「あいあい」


 アイスの白い髪も撫ぜてやる。


「えへへ」


 アイスの名の通り氷の剣ような鋭利な瞳が柔和に崩れる。


 こちらも兄を慕うばかりに兄にしか見せないアイスの可愛らしさであった。


 しばし安穏とした時間が流れる。

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