第2話:それから十七年後01


 王立ポエム学院。


 それは縁の王国に設立された詩人育成機関である。


 詩人を量産し、国力を確保するための教育機関。


 いまだ国力が教養でも経済でもなく武力によって維持される時代。


 縁の王国でも攻撃的な詩人の育成は必須事項。


 縁の王国の国王自体は戦争に対して消極的だが、隣接する大国……武の帝国が四方八方に戦争を仕掛け、そのとばっちりを受けているため火の粉を振り払う必要があるのだ。


 そんなわけで王立ポエム学院は詩人を量産する。


 この学院では詩能を強力に扱える人間ほどスクールカーストの高位に位置し、逆は低位に位置する。


 さて、カオスである。


 白い短髪はシルクの様で、赤い瞳はルビーをはめ込んだように輝かしい。


 それは即ち縁の王国公爵であるヴァイザー家の血筋の証であるが、当人としても、


「まぁ前世と同じなら何でもいい」


 と特に意識はしていない。


 前世。


 そう。


 前世である。


 カオスはいわゆる転生者なのだ。


 ジハードの駆るゴッドブレスに自身の乗るブラックナイトがブラックホールを叩きつけた後で記憶が混乱し、気づけば地球の貴族の家に赤子として生まれていた。


 何の因果かカオスという生前と同じ名を与えられ、貴族の子孫として再誕したのである。


 そして転生して十七年。


 故に年齢は現世において十七歳。


 現在のカオスは紺色のブレザーにタータンチェックのパンツという王立ポエム学院の高等部の制服を纏って昼寝をしていた。


 高校生である。


 カオス自身にその気はないが詩能は強力な武力となる。


 そのためノーブレスオブリージュを厳粛に誓うヴァイザー家の血を受け継ぐカオスは必然学院に強制入学と相成った。


 学院では誰もが詩能を研鑽しており他者より上手く、より強くを指標としているのだがカオスは例外だった。


 太陽はポカポカ。


 春風は涼やか。


 昼寝には絶好の環境である。


 本来講義で使うべき参考書を顔に被せて日光を遮り学院の原っぱで寝ていた。


 広義的に言うサボタージュ。


 講義をサボっての昼寝。


 しかして何かしら痛痒を覚えるかと言えば否だ。


 カオスの前世の教養をもってすれば、宇宙に進出していないどころか地球でも未開の土地がある時代の人類の教養なぞ欠伸が出る。


 平然と天動説を講釈する教師に愛想を尽かしてカオスはサボりの常習犯となった。


 王立ポエム学院には大きく分けて二つの教養がある。


 一つが知識教養。


 一つが詩能教養。


 知識教養は教育機関として、現在の常識を学院生に教えるための物。


 これは出席の是非を問わずペーパーテストで単位が決まる。


 そしてカオスにとっては常識どころか伝説と言っても過言ではない過去の知識だ。


 高等部生にもなって四則演算を要求する辺りに辟易しているが、それ故にペーパーテストでは常に学年一位をとっている。


 講義をサボって満点を取るカオスの素行は度々問題視されているが、カオスは他者の評価を必要とする人種ではなかった。


 問題はもう一つの方である。


 詩能教養。


 即ち詩能の行使を実践する項目だ。


 こちらでもカオスは学年一位だった。


 もっとも下から数えて、ではあるが。


 なんといっても詩能を行使しないのである。


「今日は調子が悪い」


「今日は気分が乗らない」


「今日は気が向かない」


 そんなやる気のない言い訳を駆使してかたくなに詩能の行使を拒絶する。


「やれば出来る子なんです」


「やらないだけで」


 そんなカオスの言い訳は既に教師陣にとって耳にタコだ。


 体面上ヴァイザー公爵の家の長男を留年させることも出来ず、最底辺の評価で進級を許すのが、カオスが学院に入学してからの通例事項だった。


 カオス自身は、


「卒業できるなら何でもいい」


 と公言してはばからず、


「食事と睡眠。あとはまぁ女の子がいれば満足かな?」


 などと嘯いてさえいる。


 学院の優秀な詩人は騎士になったり研究者になったりしているのだが、そういった展望をカオスは欠片も描いていない。


「アイスがいるから大丈夫さ」


 とは本人談。


 学院の原っぱに春の風が吹く。


 それを心地よく感じながらうとうとしていると、


「またカオス様はここに……」


「カオス兄様も懲りませんね」


 そんな女の子の声が二種類聞こえてきた。


「ん?」


 参考書を顔からどけて声のした上方を寝転がったまま見やる。


 飛び込んできたのは白とピンクのスキャンティ。


 それからタータンチェックのスカート、紺色のブレザーと上っていって、


「お前らか……」


 金髪金眼の美少女と白髪赤眼の美少女とを認識した。


 金髪金眼の美少女は少し長い髪をリボンで結って華麗さを演出している。


 鼻筋の通った正統派の美少女。


 見ているだけで心温まるほどのソレだった。


 白髪赤眼の美少女はカオスと同じ色の髪と眼であり、即ちヴァイザー家の血統であることを示している。


 白い髪はロングストレート。


 そこに欠陥は一分たりとも見受けられない。


 ルビーの瞳は鋭利に切れて、神聖さを感じさせる風貌を創りあげている。


 服装がカオスと近似している以上、二人の美少女はカオスと同じ学院生であることがわかる。

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