やる気なし詩人と災厄の詩
揚羽常時
第1話:プロローグ
今ではない。
此処でもない。
遥か未来の宇宙世紀を数える人類はいまだ戦争という業から逃れられてはいなかった。
人間は二人いれば対立して三人いれば派閥が出来る。
実際は三つの勢力がそれぞれに対立または傍観していたのだが、ともあれ戦争はその規模を増して展開される。
人は言葉とともにあった。
それは即ち詩能とともにあったということだ。
シビライズドリミッターは徐々に解除されて、現在ではハイスピードトラクトゥスやポエティックソルジャーといった詩能を効率よく扱うための技術も存在する。
宇宙の辺境(というのは正しい表現ではないのだが)でも宇宙全体に文明の根を張った人類同士の戦いは行われていた。
理由は遠い過去に忘れられている。
矜持と損得が人を戦争に駆り出す原動力だ。
そんな争いの中、
「ちぃ!」
「やるな!」
二機のポエティックソルジャーが戦場の端で争っていた。
ポエティックソルジャーとは詩能の効率を極限まで高める機動兵器を指し、例外を除いて巨大な人型をとりブレインマシンインタフェースによって動く。
いわゆる一つのリアルロボット。
もっとも詩能を使うと云う時点でリアルかと問えば、ややもすれば微妙なラインだが。
一機のポエティックソルジャーは黒かった。
漆黒だ。
搭乗者は白い短髪に赤い瞳を持つ美少年……名をカオス。
カオスの動かすポエティックソルジャーは名をブラックナイトと言う。
騎士をコンセプトに巨大人型ロボットを造ればこうなるだろうという外観だ。
もう一機のポエティックソルジャーは金色だ。
金ぴか。
搭乗者は黒髪黒眼に無精ひげを生やした青年……名をジハード。
ジハードの動かすポエティックソルジャーは名をゴッドブレスと言う。
金色の人型で、三対六枚の翼型ブースターを持つ冒し難い雰囲気のソレだ。
宇宙空間は真空であるため音は伝わらないが言葉を発することとは乖離した現象である。
少なくとも詩能を行使するという点においては。
この場合はブラックナイトに乗っているカオスだ。
「バスターレーザー!」
一節詠唱。
詩は力となり、力は影響となる。
ブラックナイトの突き出した手から熱線が生まれてゴッドブレスに襲い掛かる。
ゴッドブレスは防御の詩能でそれを防ぐ。
超高熱の熱線……バスターレーザーを一閃するカオス。
ゴッドブレスにこそ防がれたものの延長線上にある恒星や惑星や衛星が、まるで熱したナイフでバターを切るように易々と両断される。
ありえない威力であった。
が、人類の叡智は一節詠唱の詩能でさえこれほどの威力を約束させるのだ。
今度はゴッドブレスである。
「メテオストライク!」
こちらも一節詠唱。
詩が現実になる。
巨大な隕石が無数に現れ超常的な加速を受けてブラックナイトに襲いかかった。
「パワーバリア!」
これはカオスの詩能。
斥力による防御障壁を展開したのである。
メテオストライクのことごとくが弾かれる。
「決定打に欠けるな!」
「お互いな!」
カオスとジハードは人知を超えた戦いを繰り広げていながら膠着状態に陥っていることに対して不満を述べたのだ。
「こうなったら……コレで決めてやる!」
カオスが攻性詩能の行使を宣言する。
「来やがれ!」
ジハードが吠える。
ブレインマシンインタフェースによって言語思考がそのまま詩能に直結する。
「ソは四つの内の一つ。根源にして宇宙の旅人。あらゆることに影を落とし、あるゆるものに影を映す。そは一を零へと還元する。最弱にして最強の申し子よ。我は願い訴える。かの名高き至高の座にて時すら飲み込む汝が力を。極光さえも圧縮せよ。満たしても満たしても満たされぬ器。その名は……!」
これがカオスの詠唱だった。
だがこんな長ったらしい詩を展開すれば無防備に殺されるだけだ。
よって詠唱を高速処理することが必須となる。
ハイスピードトラクトゥスシステムによって圧縮された詩がキュルキュルと高速再生され、末尾の詩だけを詩人(この場合はカオス)は取り出す。
「トルマンオッペンハイマーヴォルコフリミットオーバーインパクト!」
次の瞬間、ブラックナイトの手の先に人型巨大ロボット……ポエティックソルジャーを呑みこめるほどのブラックホールが生み出される。
その間にジハードが何もしていないわけではない。
ジハードもジハードでハイスピードトラクトゥスシステムによって長文詠唱を圧縮し、末尾の詩だけを取り出す。
「スーパーノヴァインパクト!」
暗黒を生み出すブラックナイトに対してゴッドブレスは極光を取り出した。
二人の詩能の二機の攻撃がぶつかり、対消滅を起こす。
「……っ?」
あまりといえばあまりなエネルギー量のぶつかり合いに周辺宙域が質量と言わず仕事と言わず空間と言わず時間と言わず捻じ曲がって御釈迦になる。
特異点が剥き出しになる。
物理法則が乱れる。
カオスが……ブラックナイトが……超常の光に包まれる。
それは因果律さえ侵す事象。
もっとも、
「……なんだ?」
カオスにそれを認識させえる時間は無かったが。
その日その時、カオスは宇宙から消滅した。
因果の逆転。
――即ち閑話休題。
そんな未来が展開される以前の地球と呼ばれる惑星に人が安住していた時代。
安穏とした中世の世界。
大陸の一部に縁の王国と呼ばれる国が在り、ヴァイザー公爵の家にカオスと呼ばれる一人の赤子が生まれた。
ヴァイザー家の血統の証である白い髪に赤い瞳を持つ赤子……カオスは既にアイデンティティを確立してはいるものの、自身の置かれた状況をよく理解してはいなかった。
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