亀裂から溢れ出す悪 7
誰に協力してもらうか瀬那は困っていた。グングニルの可憐が実力的に望ましいが、グングニルとして動くなら可憐は上にそのことを報告しなければならない。あくまでこの件は充希が何をしていたかを探るのが目的。組織壊滅となればうやむやになってしまいかねない。そもそも、部外者である瀬那が充希の素性を知る機会が失われる。
自室で朝食を作りながら考えているとチャイムが鳴った。
「はーい」
出ようとした瞬間、瀬那は警戒した。エントランスからではなく部屋のチャイムを鳴らすということは、おおよそ鳴らした人間はこのマンションに住む生徒に限られる。しかし、源氏は日課のランニングに出ており、湊は用事があるらしく朝から東京へと向かっていた。
二人以外に客人が来ることはない瀬那の部屋のチャイムを、一体だれが鳴らしたのかと疑った。
これも人助けをしている内に身に着けた警戒する精神だ。どんなやつがいつくるかわからない。特に、先日の充希の一件で組織と関わるかもしれないとわかったのだから、瀬那の警戒心はいつもの数倍高まっていた。
すると、鍵は勝手に開いたのだ。
何かを利用して外側からこじ開けたとかではない。ごく自然に、あたりまえのように開いたのだ。もちろん瀬那はドアノブに触れていない。
唾を音を鳴らしつつ飲み込み、何が来てもいいように体勢を整えた。
そして、扉が開く。
「……何身構えてんの?」
「えっ、なんで詠歌ここに?」
扉を開けたのは詠歌だった。
「用事があって」
「いやいや、エントランスのインターホンはどうやって通ったんだよ」
「これで」
そういうと詠歌は指を立てバチバチと電気を見せた。
「詠歌のヴィジョンは電気と金属操作だろ。そんな芸当出来るのか」
「試しにやってみたらできた。前に喉乾いてさ。でも、お金がなかったから試しに自販機に電気流したらいっぱいジュース出てきたことがあって。それ同じ感じ」
「それ犯罪だろ……」
「バレなきゃ裁けないよ。……いい匂い」
その直後、詠歌の腹が鳴った。
「朝ごはんまだなの」
「えーっと、食べるか?」
「うん」
二人分の目玉焼きとウィンナー、スープを用意し部屋で待っている詠歌のほうへ戻ると、詠歌はベッドに背を預け漫画を読んでいた。だが、その漫画いわゆる少年向けの少し卑猥な表現もある作品で瀬那は動揺した。
「瀬那もこういうの見るんだ。少し安心した」
「ど、どういう意味だよ」
「ほら、瀬那って人助けしにか興味ないと思ってたから。ちゃんと思春期の少年らしいところもあるんだなって」
「そりゃあ男だからな。ほら、朝食できたぞ」
「ありがと。いただくよ」
特にこれと言った会話もなく黙々と食べ、食事を終えると詠歌は立ち上がった。
「ごはんありがとう」
そういうと玄関のほうへ向かった。
「っておい! タダ飯に食いに来ただけか!?」
「あ、忘れてた」
地下都市に行った時の詠歌はただならぬオーラを纏っていたが、学校に通い始めて少し精神的な重荷が落ちたおかげかどこか抜けているところがある。
改めて詠歌は座ると、瀬那へ言った。
「何か私に協力してほしいことない?」
「えっ、なんでまた急に」
「だって、この前協力してくれたから」
「別にいいさ。学校に行けていい感じに日常をおくれてるんだろ。だったらそれ以上に嬉しいことはないよ」
「私、まだ瀬那と二回しか会ってない。なのに、なんでそんなに優しくしてくれるの? ごはんも食べさせてもらったし」
「俺がそうしたいって思ったから。って理由じゃ不満か?」
可憐に言ったら呆れられ、鍵音に言ったら笑われると思ったが、詠歌はあっさりと答えた。
「いいんじゃない。したいからする。それ以上に理由はいらない。私も、そういうタイプの人間だし。だからね、私も協力してくれたから協力したい。それだけ」
詠歌の瞳はとても純粋だ。
目的を果たすためならどんなことだってやってのける。聖と似ているのだ。
きっと、その日あったばかりの二人が銭湯の屋上で協力しあえたのは、お互いにどこか似ているとこがあり、お互いの能力を信頼しあえた。瀬那はそう思うことにした。
「協力か……」
せっかく詠歌が何かしてくれようとしているのだから無下にはできない。
ちょうど、充希の件で協力者はほしかった。
しかし、何が起こるかわからないため、ようやく日常を取り戻した詠歌に頼んでいいものか考えた。
「私さ、頭はあまりよくない。だから、学校でも可憐や可憐の友達にいろいろ教えてもらってようやくついていってる。まぁ、少し遅れてるけど。でも、戦いならできる。私の力は守るよりも、壊す方が得意だから」
「守るために使えるだろ」
「守るための使い方をまだ知らない。いつだって戦うために使って来たから。でも、最近は練習してる」
詠歌は指先に電気を溜め、小さな円を描くと電気の輪が完成した。
「ある程度なら形を維持できるようになった」
「器用なもんだな」
「といっても私の力はどちらかと言えば磁力を操るほうが適している。攻撃性が高くて簡単に相手を倒せるから電気を使っていたけど、磁力をもっとコントロールできれば車だって、成長すれば飛行機も浮かせられるかもしれない」
「そうなれば交通事故や飛行の墜落に遭遇しても安心だな」
詠歌は瀬那の発言をきいてきょとんとしたが、すぐに小さく笑った。
「確かにね。そう考えたら確かにそうかも」
「ヴィジョンは道具だ。使い方次第。きっと、詠歌が望めばどんな使い方だってできるさ」
瀬那は詠歌に協力してもらおうかと思ったがやめることにした。
こんなに楽しそうに話す姿は初めて研究所の跡地で出会ったころには想像もできない。可憐が支え、瀬那と共に試練を乗り越えた結果だ。今はただ、そんな詠歌の日常を壊したくはない。
しかし、詠歌は瀬那の瞳をじっと見て言った。
「何か困ってる」
「えっ?」
「私、わかるんだ。いろんな奴を見てきたから。何か隠し事をしてたり、後ろめたいたことがある奴と同じ目をしてる。瀬那のことだから悪いことはしてないのはわかる。でも、何か困ってるのに私には言わないようにしてるでしょ」
鍵音並みの洞察力に驚かされるが、やはり瀬那は言わないようにした。
戦いに巻き込むわけにはいかない。
「もし、協力してほしかったら言って。私は借りを作りたくない主義だから。……いや、一度や二度協力しただけじゃこの借りは返せないか」
「可憐と同じだな」
「どういうこと?」
「可憐も借りを作りたくない主義だ」
「可憐に借りを作れるのは誇っていいよ。誰も可憐に借りなんて作れないからね。あっ、梨花さんならできるかも」
「梨花さん?」
「可憐のお姉さん。フロンティアの中でもトップクラスの力を持ってる。でも、今はいろいろあって力は使えない。もし、梨花さんがいまも戦えてたら、きっと今よりも犯罪件数はかなり下がってただろうね」
可憐に姉がいるとは初めて知った。
詠歌の話によれば梨花は氷を自由自在に操るヴィジョンを所持しているという。その規模は本気を出せば際限はなく、梨花自身の体力が続く限り範囲を広げられる。
そんな最強とも言える梨花の妹である可憐は、姉に追いつこうと必死であることもよくわかる。
「んじゃ、私は帰るよ。また来るね」
「結局、朝食を食べただけだったな」
「瀬那が何も言わないからね。あ、コミュネクト貸して」
詠歌はコミュネクトを取り出し瀬那のコミュネクトを借りると連絡先を交換した。
「連絡先。新しいコミュネクトになったから」
コミュネクトのカバーには稲妻の形をしたキャラクターのストラップがついていた。瀬那の目線がストラップに向いているのを察した詠歌は言った。
「これ、可憐がくれたの」
「不思議なチョイスだな」
「だよね。私もそう思う」
詠歌は食事をして帰っていった。
最後まで何か協力できることはないかと瀬那に言っていたが、瀬那も頑固で協力は求めずこの件にほかの人たちを巻き込まないと覚悟を決めた。
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