亀裂から溢れ出す悪 6
クラブのとなりにある建物の上で瀬那は息を切らしその場に寝転んでいた。
「あんな芸当ができるとはね」
「周りに避難用階段や窓枠の突起があったからなんとかな」
瀬那は鍵音の表情を見て逃げる時間はあまりないと判断した。一気に大通りのほうに出てもよかったが一般人にぶつかる危険もあったため、壁を蹴って建物の上に避難することにした。
瞬間的に力を大量に使った影響で一時的にスタミナが切れてはいるがほどなくして起き上がり呼吸は整っていく。
「なんでこっちに気づいたってわかったんだ?」
「見ていたからね」
「いや、鍵音は俺のほう向いてた路。あれか、視線を感じるってやつか?」
「いや、目が合った」
さらに謎は深まる。確実に鍵音は瀬那のほうを向いていた。危機を察知した瞬間に少しでも角の向こう側へ視線を向けた様子はない。鏡や水面のような反射するものあの場所にはなかった。
いつだって鍵音は不思議な雰囲気を放ち、全てを見通しているような口ぶりをするが、あくまでそれらは知識と経験と想像で補い答えに近いものを作り出している過ぎない。
しかし、今回の件はそういった類とは違う。見て、反応した。そうでなければ説明がつかない。もしくは未来予知に似た何かだ。
「私は見てしまった」
「何をだ? もしかして充希が生徒に手を出してたのか。なら助けにかないと」
「待ちたまえ。君の行動力は褒めるが少しは情報を集める慎重さも身に着けるべきだ。私が見たのは――大量のコピーシールだ」
「なに……」
「あの裏口部分はあまり人が寄り付かない。来る前に調べたがあの一帯は同じ人間が所有している土地でね。建物のオーナーはそれぞれ違うだろうけど、人を寄り付かせない独特の殺気のようなものがある」
「それはあくまで例えだよな。ヴィジョンを使っているとかじゃなくて」
「ああ。あくまで肌で感じるというだけで殺気を放つなんて陳腐なヴィジョンではない。もしそうだとしたらあまりにも殺気は弱すぎる。一般人が近寄りがたいと思えてしまう。そのレベルだ」
鍵音が目撃したのはゴミ箱に大量に敷き詰められた光景だ。
CLUBであるためどうしてもゴミは増える。お菓子や飲み物、飲食した生ごみ。それらをまとめてあとで回収してもらうために裏にはいくつかの大きなゴミ箱がある。瀬那はゴミ箱の中に入って猫を助けた経験から、ゴミ箱いっぱいに敷き詰められたコピーシールがどれほどの量になるか想像に難くない。
「施錠されてたいんだよ。南京錠でね。比較的ゴミ箱も新しかった。あんな場所にあるごみ箱が新しいなんておかしいだろう? だから、つい最近あそこで運ばれたものだと判断した。充希はそこにいたスーツの男に何かを見せると、南京錠を開けて中を確認した」
「そこにシールがはいっていたわけだな」
「ああ、今にも溢れんばかりのシールがね。最新のものではないようだが以前のものよりアップデートされているタイプでね。依存性は高い」
「俺、前に一回シールのバイヤーと関わったけど、海岸沿いの倉庫ですげー堂々と売ってたぞ。あそこで買ってた人たちも依存してるのか?」
「前に話してくれた電気のヴィジョンを使うバイヤーだったね。薔薇のシールは試作だ。一般人に試してどれほど効果があるかを実験していたんだ。依存性はあるだろうが数日もすれば依存衝動はなくなる」
瀬那は少しだけ安心した。紗江の妹の沙菜は話に聞く限り何度かあの男の下へ通っていたため、もしかしたらまだ依存して苦しんでいるのではないかと思ったのだ。
「さて、瀬那くん。ここからは重要なお話だ。充希という男がシールのバイヤーと関わっていることは確かだ。これからこの件を追うということは、裏にある組織と争う可能性もある。一人や二人消したところで意味はない。充希を追うことでこのまま組織の悪行を見てしまったら、瀬那くんは戦おうとするだろう。その前に選択してほしい。やめるか、突き進むか」
もしこのまま亜美のため、亜美の友人である京子のために続けるのなら確実にバイヤーの裏にいる者と争うはめになる。そこまでいくと個人で、しかも金銭を受け取らずに行うにはあまりにも行き過ぎた行為だ。
怪我をする程度で済めばいいが、それ以上の出来事に巻き込まれてしまうこともある。
今までのように目の前の出来事だけを止めればいいほど単純ではない。
しかし、瀬那の答えは決まっていた。
「進むさ。進む以外に道はない」
鍵音はため息つきつつも、その答えが出てくるのを予期していた。
「なら、策を立てよう。私は情報を調べる。その間、協力してくれそうな人間を探してほしい。実際に戦える人間だ」
瀬那は鍵音を抱えて建物を飛び移り、CLUBから離れた場所で降りると鍵音と別れた。瀬那の姿を追う人影を残して。
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