亀裂から溢れ出す悪 5

 後日、放課後に瀬那と鍵音は充希の学校近くで待機していた。都合がよく近くにカフェがあり、窓際の席で学校の校門を監視していた。

 二人とも制服姿のままだ。


「私服に着替えた方がよかったんじゃないか?」

「下手に私服に着替えるよりも制服の方が紛れやすいのさ。制服を着ているだけで高校生という証明になるだろ? この都市では学生の方が何かと便利なのだよ」


 ヴィジョン使いは若い年齢の人たちに多い。発現自体がおおよそ幼少か十代で起きるからだ。この都市はヴィジョン研究に力をいれているため、ヴィジョン所持者が本土の学校から転校するのにはかなり援助してくれる上、都市内で過ごす時には割引になったり無料になったりと、手厚いサポートがある。


 いま二人が飲んでいるドリンクも、学生の初回入店は商品が無料というサービスのお陰で無料で飲めている。


「どうせならもっとゆっくりできる時にここへ来たかったね」

「確かにちょっと損してるよな。内装は落ち着いてて綺麗だけど俺らは外ばっか見なきゃいけないし」

「この一件が終わったら報酬としてまたつれてきてもらおうかな。もちろん君の奢りだ」

「まぁ、それくらいならいいか。世話になりまくってるしな」


 瀬那は鍵音に頭が上がらない。

 鍵音のヴィジョンがなければいくら都市がサポートしてくれるとはいえ、何回も病院に行かなければならない。でも、鍵音のヴィジョンはそうしなくてすむようにしてくれている。


「人助け、手助け。瀬那くんはいつまで続けるんだい?」


  瀬那の中で漠然としていることをすべてお見通しだといわんばかりに鍵音はなげかけた。


「いつまでだろうな」


 瀬那自身はっきりと決めていない。これを趣味などというつもりもないし、ましてや正義感に基づく行動で世界平和をうたっているわけでもない。ただ、瀬那にはそうしないといけないという、どこか強迫観念染みたものがあった。

 

 鍵音はストローの飲み口を口の中に入れたまま、舌で穴を抑えて本来ドリンクの中で吸い上げられるためだけに存在する下部分の穴を瀬那へと向けると、勢いよく息を吐きだし吹き矢の要領で瀬那へと桃ジュースを飛ばした。


「なにするんだよ」

「ちょっとしたお遊びさ。君のヴィジョンならこの程度避けてくれるかと思ってね」

「ヴィジョンは発動している時じゃないと意味ないだろ」


 そういうと瀬那は口の周辺に付着した桃ジュースを下で舐める。旨いな、と一言言った。その姿を見ている鍵音は、どこか年相応の女子高生のように笑みを見せた。

 その時、校門から三人の生徒共に出てきた充希の姿が見えた。


「気になってたがなんで教師がこの時間に外をうろつけるんだ? 普通はまだ仕事しているだろ」

「地域巡回さ。学校の生徒が悪さをしてないかっていうのを確認するためにそれぞれの高校は小人数だけど教師を巡回させる。明日の授業の用意があるから普通はしたがらないけどね」


 瀬那たちはカフェを出ると道路を挟んだ逆側の歩道から充希を追った。

 見ている限りは生徒たちとも仲良く話す気さくな教師と言ったところだ。これといった怪しいところもなく、生徒たちの話をしっかり聞きながら自然と車道側を歩いている。


「いけすかないねぇ」


 ついもらすように鍵音は言った。


「あやしいところはないみたいだけど」

「怪しさはうまく消している。だけど、あの笑顔を気に入らないよ。私はああいう表面だけどの笑顔が嫌いなんだ。そうしておけばうまくことが進むと確信している態度がね」


 鍵音は表情や声色を変えることはなく、しっかりと充希を見ていた。しかし、目つきだけはどこか睨むような風に見える。車道側を歩いている瀬那は少しだけ前に出て鍵音の視界を塞いだ。


「なにするのさ。見えないだろう」

「嫌なもの見ないでいい。俺が見ておく。別にいまの状況からそこまで得られるものはないだろ」


 鍵音は幼子のようにきょとんとして頭の上に疑問符を思い浮かべたのち、少し笑っていった。


「私のこと気にしてくれたわけだ」

「協力してもらってるからな」

「そうだね。協力者だからね」


 協力者、鍵音はその言葉の響きを噛みしめるように繰り返した。


 生徒たちと充希は途中で別れ、充希は単独行動なっていた。辺りには学生も含め多くの人たちが行き交っていたため、単独行動になった充希を離れた場所から追跡するのは困難だと判断し、二人は充希に接近して少し後ろからついて行くことにした。

 繁華街に来るまでの間、特に目立った動きはなく鍵音は少し退屈していた。


「なんかこう、もっと不埒な行為の片鱗を見せてくれると思ったのだけどね」

「鍵音は最初からあの人のことを疑っていたが実際のところ何をやっていると思うんだ?」

「生徒と教師、ものすごくシンプルに考えるのなら未成年に手を出す駄目な大人だと思っていたよ」


 週刊誌のゴシップ的な結末を求めていた鍵音も、充希のあまりにも爽やかで人当たりのいい雰囲気に、もしかしたら悪い人間ではないのかもしれないと思い始めていた。しかし、動きは突然だった。

 充希が生徒たちと別れ向かった先は、AFTER SCHOOL CLUBだ。

 その姿を見て瀬那は鍵音の好奇心が沸き上がるのを隣で感じていた。瀬那もどこかこの探偵ごっこに楽しみを感じていた。


「別に大人が入れないわけじゃないからね。あくまで学生のCLUBってわけで主役が大人から子どもに代わっているだけさ」

「でも、あんなところに行って何が楽しいんだろうか。音楽がうるさいしドリンクも高いし」

「憧れと同時にそれが美徳だと学生の中で回っているのなら、合理性など関係なく良いものとして扱われるのさ。おかしなことじゃないだろう? グングニルだって目的が正当なだけでやっていることは大人の真似事。強力なヴィジョンを一か所にまとめてるという名目もあるのに、参加している学生は自分たちの力が社会に求められていると誤認し、一足先に大人になったと錯覚できる。まるでお薬さ」


 パンケーキにかけるシロップの甘さのごとくたっぷりと皮肉を利かせながら鍵音は言った。鍵音はいつもどこか達観している。それ自体は瀬那も中学のころから知っていた。瀬那と鍵音は中学三年から一緒であり、交流はその時からになる。いまのような関係性になったのはフロンティアに来てからではあるが、中学三年のころに席が隣同士だったことから当時からは会話はしていた。


 鍵音は中学生のころからすでにいまのような雰囲気を放っていた。同い年の少年少女とは違う異質さをぷんぷん匂わせ、多感な年ごろであるためか少年少女は鍵音の異質さに憧れを抱いたりいじめの対象にしようとしていたが、そのどれもが失敗に終わっている。

 

「ん? あいつ裏のほうに行ったよ」


 ちょうど瀬那がコミュネクトで時間を確認している間に充希は動きを見せた。

 充希は建物の間の細い路地のほうに向かって進んだのだ。少しだけ周囲を見渡してから路地に入る姿みて鍵音は少し緊張感をもっていた。


「私はさっきも言った通り教師としてしてはいけない行為をしていたと思っていた。でも、もしかしたら違うかもしれない。いや、してはいけない行為ではあるけど、もっと深いところかも」

「何がいいたいんだ。さっぱりわからん」

「追いかけてみよう」


 鍵音はそういうと瀬那の手を掴んでひっぱった。


 足音を極限まで消して二人は充希についていく。路地裏は薄暗く太陽の光は入らない。少し湿ったようなアスファルトを踏みしめ、角を曲がったところで瀬那たちも角のほうまで進んだ。すると、鍵音は口元に人差し指を立てて静かにするように瀬那へを指示をした。


 直後、一瞬だけ瀬那は視界がゆがむような感覚に陥る。めまいかとも思ったが足元はしっかりしているしすでに歪みは消えていた。

 鍵音は瀬那の姿を見て肩に触れようとした瞬間、危機を察知し叫んだ。


「逃げるんだ!」


 瀬那は戸惑った。

 鍵音はこちらを向いていたのに何を察知したのか。しかし、鍵音の表情は本物で演技てもなんでもない。瀬那は鍵音を抱えて走った。

 直後に角から充希が現れ路地から大通りまでの一本道を見つめる。


「誰もいませんよ」


 充希がそういうと後ろからグレーのスーツを着た男がゆっくりと歩いてくる。


「ああ、そうだな。誰もいない。いまはな」



 

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