亀裂から溢れ出す悪 4
後日、放課後に亜美と合流した瀬那はとある人物が指定した場所へと向かった。
「学生通りって久しぶりに来ます。ちょっとアウェイ感がありますね」
「まだ院生なら割引効くけど」
「えっ、そうなんですか? てっきり院生は対象外だとおもっていました」
やってきたのは学生通り。放課後の学生たちでにぎわっておりまるで観光地のようにも見える。いろんなお店があり学生が喜びそうなデザートや服、商品、カフェがある中で、瀬那が向かったのは少し古めかしい喫茶店だ。
扉を開けると備え付けらえた鐘が揺れて音を鳴らす。回転灯が周り音楽は特にかかっていない。店内へ入ると同時にコーヒーの香ばしい匂いが香る。
窓際の奥の席を見ると、そこに瀬那が待ち合わせていた人物が本を読みながら待っていた。茶色のウェーブがかった髪、服装はワイシャツに黒のプリーツスカート、シャツの裾は中に入れず出しっぱなし、靴は茶のブーツを履いている。
さっきまで履いていたのか鞄の隣には無造作にタイツがおいてある。
「鍵音、久しぶりだな」
鍵音と呼ばれた少女はゆっくり瀬那のほうを見た。
「やぁ、瀬那くん。合法ロリ、いや、可愛いトランジスターグラマーを連れて何のようだい? 今日は怪我をしてないみたいだけど」
「今日は治療じゃなくて鍵音の力を借りたい」
鍵音は不適な笑みを見せ二人を対面の席へと移動するよう手で招いた。
鍵音の独特な雰囲気に圧されて亜美は緊張している。鍵音は瀬那と同い年で高校一年であったが、その雰囲気は高校生のそれではない。
「私は
「情報屋……ですか?」
「そう。世の中にはいろんな人間がいるんだ。殺し屋、掃除屋、盗み屋、奪還屋、事故屋、運び屋。そういったのは裏の仕事、いわゆる悪い仕事でそう呼ばれるものが多いけど、私は情報屋。人に情報を売ってそれで小銭稼ぎをしているわけ」
「じゃあ、瀬那くんにもお金を取るんですか?」
「瀬那くんは特別だ。むしろ、どんな戦いをしたか情報もらってる。WINWINというやつだ」
鍵音はあまり人と関わるタイプではないが、瀬那にだけは姿を現して言葉を交わす。瀬那とは中学が一緒だが、深く関わるようになったのは合同入学式のバスジャックで、犯人が乗り込んだ車両全てに対しサポートをした際、一番早く鍵音のことを信じ一番早く問題解決に当たった行動力に対し敬意を表したからだ。
瀬那と亜美はことの経緯を鍵音に伝えると、少し考えるそぶりを見せて鍵音は答えた。
「まず、その充希という人物を見てから判断しなければね。第四エリアだったね。今日はもう放課後でどこにいるか動きが掴みづらいだろうから別の日にするが、それから策を練ろう」
「策を練るってまるでもう充希さんが悪いことをしているような言い方ですね」
「話を聞く限りかなりきな臭い。お金のはぶりが良くなったことを言わないのは後ろめたいことがある証さ。それに、素性を外に漏らさないのも不思議だ。私自身、あまり詮索されるのは好きではないが、言葉でどうとでもごまかせる。嘘だって平気でつく。なのに、あえて話題を反らすというところがいかにもね」
「鍵音さんは充希さんをどう思いますか」
「さっきも言った通り姿を見なければね。でも、話だけで判断するなら、十中八九何か悪いことに手を染めている。その上、おそらく生徒たちが何らかの形で巻き込まれていることだろう」
鍵音は鞄からノートパソコンを取り出し操作し始めた。瀬那は鍵音の行動をいつも通りのことのようにただ見ていた。
亜美は急にノートパソコンをいじり始めた鍵音に対し戸惑いの色を表していたが取り合えずまつことにした。
ほどなくして、鍵音は亜美から聞いた充希の勤務している学校とその周辺のマップを画面に写し出し、二人に見せた。
マップには学校から徒歩で行ける高校生の溜まる場所をピックアップし赤い線がいくつも引かれていた。
「軽く調べただけでも学校の周りにはそれなりに遊べるような場所がある。この中で黒い噂があるのは……」
鍵音はノートパソコンのキーを押すと、いくつも伸びていた赤い線は三本だけになった。亜美はその内の一本に注目した。
「この、AFTER SCHOOL CLUBってなんですか?」
「それは未成年でも通えるクラブだよ。ここでのクラブは部活や集合体的な意味ではなく、酒を飲むクラブの方だ」
「そんなお店があったんですか。私の時にはそういうのなかったです」
「三年前だったかな。できたのさ。それで、このAFTER SCHOOL CLUBこそ、もっとも黒い噂がある場所だよ」
AFTER SCHOOL CLUBは酒を飲むことはできないが一般的なクラブと遜色ない。暗い室内で音楽が鳴り響き、DJが音楽を流す。時折まだ駆け出しの歌手志望の人が歌ったりもしている。
大人に憧れを持つ子どもたちが不正な手段で本物のクラブに入らぬよう、こういった場所をもうけることで大人になった時に過度に通ったりしないよう耐性をつける目的もある。すでに似たような体験しているのなら、大人になって本物のクラブに通っても興奮の度合いは差ほど上がらないからだ。
「薄暗くて音楽が響く。照明がギラギラと光る場所では人の思考というのはぼやける。その上時計も置いてない」
「時計がないことは何か関係があるんですか?」
「時計をみえる位置に置かないことで時間の感覚を忘れさせる。カジノがよくやる手法さ。状況そのものに没入させる。分単位の暇さえあればコミュネクトを開く現代っ子にも有効なようだ」
あなたも現代っ子でしょうに、と亜美は思ったがさすがに言わないことにした。
「とりあえず今日はここまで。私はほかにもやることがあるんでね」
「えっ、もう終わりですか? もっと話を聞いたりしないとわからないこととかありますよね」
「君は充希の彼女である京子と友人関係にあるのだろう? それに充希とも知り合いだ。そんなバイアスのかかった話を聞いても判断が鈍るだけ。足りない情報は適宜効くから端的に答えてほしい。別に君のことを馬鹿にしているわけではないよ。必要なものは必要な時にだ。コーヒーを飲むときにワイングラスがあっても使い道がないというわけさ」
独特の例えをする鍵音はすでにこの件への興味を失ったのではないかと思えるほど、冷めた表情をしていた。これ以上話すことはない。静かにするならいてもいいがこの件について今日は一切何も触れない。そんなプレッシャーにも似た圧がある。
亜美はそんな鍵音に対し少し不満を抱きそうになったが、瀬那はごく自然に手をあげて、やってきた店員にプリンを頼んだ。鍵音はそんな瀬那の姿をちらりと見ると、ノートパソコンを閉じた。
やってきたプリンを店員が瀬那のほうに置こうとしたが、瀬那は鍵音のほうを指さしプリンは鍵音の前に置かれた。
「結末はどうしてほしいんだい?」
「えっ?」
「少なくとも何かがある。私たちはそこにあえて触れるんだ。嫌な現実を見るかもしれない。見たくなかった真実を明かすかもしれない。むしろ、そうなることの方が多い。充希という男の正体が明かされた時、君は何を望む?」
「なんか話は終わったみたいになってませんでしたか」
「頭を使うにはエネルギーがいる。エネルギー切れを起こして私の仕事に支障が出たら君は肩代わりしてくれるのかい? できなければ私の機嫌をとってエネルギーを補給させないとだめだろう。話を聞いてもらうというのをあまりにも簡単に捉えすぎだ。相手の時間を奪っているんだ。もう少し考えたまえ」
鍵音の言い方には棘があるようにも思えたが実のところ亜美はそこまで腹が立たなかった。さっきは不満に思ったがこの鍵音という少女は自身の流儀や生き方があって、それを曲げたくないし曲げるつもりもないのだ。
それこそがもっとも自身のパフォーマンスを発揮できると知っているからこそ、年上だろうとなんだろうと関係ないという接し方をしている。
プライドが高い人間からすれば鍵音の言葉や雰囲気は神経を逆なでされるような気持ちになるかもしれない。それでも、話を聞いてもらう、ということに関してあまりにも軽く考えていたのは事実だ。
友人でもない。知り合いでもない。赤の他人なのだ。
「もし、悪いことをしていたなら別れさせたい。でも、京子はどう思っているか……」
「悪いことをしていたなら別れること確定だろう。私が言いたいのは始末するのか、そのまま見過ごすのかという話だよ」
「始末……ですか」
「あまり拡大解釈しないでおくれ。なにも殺すという話ではない。警察に突き出すとか、痛い目を見てもらうとかさ。事の大きさにとっては案外改心するかもしれないからね。私は善人ではない。とはいえ悪人になったつもりもない。いざとなればルールを破る。バレないようにね」
「……わかりません。私にはどうすればいいか」
「ならば、こちらで対処しよう。その結果、どのような結末になっても文句は言わないでおくれよ。あくまでこの件は君のためじゃない。かといって京子という人物のためでもない。瀬那くんの頼みだから聞いてあげるのさ」
亜美と鍵音の話は終わった。後日から行われる鍵音の調査は瀬那と二人で行う。亜美はそもそもついて行く時間はなかったのだが、鍵音はついて行きたいと言っても駄目という準備ができているように見えた。
いわゆるバイアスというやつだろう。夫婦、恋人、家族、友人、知人、そういった関係にある場合、例え悪いことをしていたとわかったとしてもどこか同情してしまう。逆もあり得る。浮気をされた相方は第三者が思うよりも何倍もの憎悪を抱き、最悪殺害という行為にまで手を出す。
それではまともに情報を追えない。
鍵音は無駄なものは排除したい性格なのだ。
亜美だけ先に帰らせたあと、鍵音は瀬那へと問いかける。
「なぜ、あの女性を助けようと思ったんだい? 赤の他人だろう」
鍵音は他人に対し手助けをする瀬那が興味深かった。警察でもない。グングニルでもない。イージスでもない。ましてや軍人でもない。
場合によっては大きな怪我さえ厭わない瀬那に対して、そこまで人間というものに興味のない鍵音は瀬那の精神部分がとても気になった。
「責任ってやつだろうか。聞いてしまったからにはもう他人事じゃない。聞くという行為は同時に手を貸すことでもあるんだ」
「しかしだな、ごく一般的な社会においては話を聞くだけで責任を取らない人間はいくらでもいるだろう。自分だけ聞いたと思いあがって他人に告げ口する人間もいる。別にそうしたところで特段罰せられるわけでもあるまい」
「そういうのは駄目だと思うんだ。すごく半端な気持ちで人の悩みや問題に触れることは俺にはできない。相手の気持ちを無下にしてしまう」
「だからこそ手の届く範囲か」
金や名誉、大義のためならむしろ楽なのだ。
決してそれらの理由に行動している者たちを愚弄しているわけではない。
ただ、純粋な正義というものがあるのではないかと瀬那はどこかで期待している。
でも、それは客観的ではあまり働かない。
あくまで自分がどうしたいか。どうするべきか。そのことをしっかり考えた上でなければいけない。
守らなければいけないという強制力。戦わなければいけないという強制力。強制力は思考を麻痺させる。瀬那はそれが嫌だったのだ。
「かつて、君は救われたし救えなかった。やはり原因はそれなのかい? いや、原因というと悪かったことのように聞こえるな。申し訳ない」
「いいんだ。どこか俺自身やりすぎていると思うところはある。普通の青春を送ればいいのに、誰かに強制されているわけでもそういう風に願ってもらったわけでもない。これが俺の流儀みたいなもんなんだ」
「だからこそ興味深い」
ご機嫌な鍵音に対し瀬那は問いかけた。
「鍵音はなんで俺に協力してくれんだ?」
とてもシンプルな質問だ。
瀬那は人助けをした時に怪我をすることもある。その際に鍵音には世話になっていた。度々世話になっているのにまったくお金を取らず助けたくれることが疑問だった。
「私はね、精神が自然と動くことに対してなんのため何だろうと考えることはしない。それはとても野暮なことだろう」
「言わんとしてることは何となく理解するけど答えになってない」
「簡単なことさ。好きでやっている。それだけのこと」
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