亀裂から溢れ出す悪 3
瀬那は角砂糖を三つ入れたコーヒー、源氏は緑茶、湊は紅茶、少女はフルーツジュースを頼み、それぞれのドリンクが来るまで軽く自己紹介をした。
少女の名は
「あれ、確かあそこのマンションって1Kじゃなかったっけ?」
「はい、そうですよ。一人暮らしにちょうどいいんですよ」
その言葉に三人は同時に疑問が浮かぶ。見た目は完全に小学生か中学生。服装は小戸にしては落ち着いている。しかし、身長は150㎝を下回っているように見える。
そんな三人の視線を受け、亜美は問いかけた。
「あの、私のこと何歳くらいに見えてます?」
女性のこういった質問は男にとってもっともめんどくさいものだ。
答え次第では不機嫌にさせてしまう。ぴったり当てても何か違う。
とはいえ、相手が子どもなら問題ないだろうと思いそれぞれ答えた。
「んなもん十歳くらいじゃろ」
「僕は十二歳くらいに見えてるかな」
「骨格はしっかりしてるから十四歳くらいか?」
それぞれの答えを聞いて亜美は、「やっぱりか……」と小さく漏らす。
「私、二十三歳なんですけど」
三人の思考はピタリと止まった。動きもだ。
現実と認識の乖離があまりにもひどく、言葉さえ出すことができなかった。
亜美は財布からカードを取り出し見せた。
「ほら、運転免許証。それに、フロンティアID」
「本物じゃ」
「僕らの常識が壊れるよ」
「さすがにこれは……」
「みなさん私のこと年下だと思ってましたよね。いや、それはいいんです。いつものことですから」
亜美はこの体の小ささゆえに子どもに見られるため、誰とでも敬語で話すのが癖になっていた。子どもだと思ってる相手がいかに自分よりも年下とわかっていたとしても、ため口で話したり大人ぶってしまうと相手の機嫌をそこねたり調子に乗っていると思われるのが嫌だからだ。
終始瀬那たちに敬語で話しているのはそのため。実際は制服を着ている瀬那たちを見てすでに年下であると気づいていた。
驚きのあまり硬直する中、ドリンクがやってきて硬直が解かれる。
「そういえば、俺に何か頼みがあるんだろ。いや、あるんですよね」
「ため口のままでいいですよ。もう、いまさら敬語ってのも逆に違和感ありますし」
「わかった。で、頼み事ってのは?」
「その、最近私の友達の彼氏がおかしいみたいでなんです」
亜美は大学院生で心理学を専攻している。父親が精神科医をやっていたことから興味が沸き、自分も似た道を行きたいと思った。友人の京子はすでに就職しておりフロンティア空港のスタッフとして働いている。京子と彼氏の充希とは大学時代からの友人で、亜美も二人と度々遊んでいたが仲は良好で恋人になったと聞かされた時にはやっぱりと思えるほどお似合いだった。
充希はコミュニケーションにおいて才能とも言えるほど円滑に人と関わることができ、さらに子どもという存在を重要視している。これからの社会を作るのは大人ではなく未来の大人である子どもたちだと考えていた。大人は子どもたちの成長のために世界をよりよくする存在であり、大人たちが作った道を子どもたちが探求しさらに先へ進める。そして、大人として熟成したかつての子どもたちが、次は未来の大人たちへ準備を始める。
その思想は充希が高校生のころから作文で書くほどだ。
その思想もあってか現在は高校の教員をしている。瀬那たちが通う学校はフロンティア第三エリアぺスカであり、その隣、フロンティア第四エリアネルケにある高校に勤務している。
瀬那たちの通う高校と同じで基本的には本土の一般高校と変わらない。ヴィジョンの授業はあるがヴィジョンそのものを使うことはないのだ。そのため、ヴィジョンをもっていても周りに影響を及ぼさない生徒が多い。
「充希さんは最近、生徒さんたちとよく一緒にいるらしいんです」
「それって普通だろ。先生なんだし」
「学校の外でなんです。女子に何か悪いことするためじゃなくて、男子とも一緒にいるんです。何か実害があったとかそういうわけじゃないんです。でも、生徒たちが何か異変を感じてて、京子も最近の充希さんはよく奢ってくれるけど何かと電話に出て忙しそうだって」
高校教師の初任給はおおよそ二十万ちょっと。大学時代のバイトに比べれば十分と言えるが決して多い額ではない。特に、現在は京子と充希はそれぞれの職場の近くに住んでいる。充希第四エリアネルケ、京子はちょうど逆側の海岸沿いの空港がある場所フロンティア第二十エリアラヴォンド。東京都とほぼ同じ大きさを誇るフロンティアで端から端まで移動するには時間とお金がかかる。
だというのに、充希はお互いの休みが重なった時、よく第二十エリアラヴォンドへと行き、京子に食事を奢ったりプレゼントをしてその日の晩には帰る。
「よっぽど相手のことが好きなんだな」
「先生って忙しいんです。昔ほどじゃないですけど今だって家に仕事を持ち帰ることもあるんですよ。それに充希さんはこういうと悪いですけど特別優秀ではないんです。教員試験もなんとか合格したってレベルで」
「時間、お金、精神的な余裕、それに一教師としては少し行き過ぎているようにも見える生徒との関わり合い……。確かにちょっと異質に見えるけど、そういう人ってことで解釈はできないのか?」
「学科は違えど大学時代からの付き合いですからなんとなくわかるんです。それに、充希さんは何かを隠している。自身の素性は明かさないんです。年齢と名前以外はとことん」
「出身地とか趣味とかそういうのも?」
「はい。聞いても上手くはぐらかされます。喋りが上手だから流れ的にもう一度問いかけるのはむしろおかしくなってしまう。そんな状況づくりをするんです。京子から相談があってから、私は充希さんと繋がっていた人の何人かに連絡を取りましたが、みんな充希さんが何が好きで、何が趣味で、昔何をしていたか、どんな家族構成か、どこ出身か、誰も知らないんです」
徹底的に素性を明かさないのはさすがに何かがあると思えてくる。
大学生なんてのは大人に一番近く大学という箱庭の中で主役のような気分になれるし、大人な並みに稼ぐ人も出てくる。クラブにいったり居酒屋にいったり、旅行に出かけたりと、高校生以上に自由でありながら、まだ責任を負う立場ではない。
そんな状況下でなぜそこまで素性を隠すのか。
胆略的な発想をするならば、何か知られたくない過去、悪いことをしているのではないかと想像できる。
「瀬那、どうするんじゃ? 確かに瀬那はいろいろと人助けをしてきたが、もっと単純な出来事ばっかじゃろ。相手を倒せば終わりとか、見つけ出せばいいとか、説得すればいいとか。こういうのはもう探偵レベルの問題じゃ」
「僕もそう思う。これってまずは充希さんの行動に変なところがあるっていう決定的な証拠を集めて、しかも何かをしているならそことの因果関係を証明しなきゃいけない。現状、被害は出てなくて充希さんの行動だけがおかしく見えるって言うのなら、まだ瀬那が動けるような問題じゃないよね」
「わかってる。でも、何事も被害が発生したら、事は亀裂が走るように一瞬で広がる。取り返しがつかないことになるかもしれない。もしかしたら、その高校生たちが何か話してくれるかもしれない」
「……あの時の事件を経験した瀬那が言うから説得力はあるけど、これはまだ巻いた種から芽すら出ていない。見つけるのは困難だよ」
瀬那が人助けをしているのには理由があった。
別に、生まれつき正義の心が備わっており、正義を貫くことを生きがいとしているわけではない。瀬那はそんなヒーロー気質ではないのだ。その証拠として、瀬那は手の届く範囲だけでいいと言っている。それは、自分自身の力の及ぶところでなければ、自分が壊れてしまい、守ること出来なくなってしまうからである。
そのきっかけは二つ。友人を亡くしたこととヴィジョンによる事件に巻き込まれ間一髪で助けられたこと。
その二つの出来事は、両方とも気づいた時にはすでに遅かったという共通点がある。だからこそ瀬那は、小さなきっかけがあるならばそこか一気に被害が広がる怖さを知っている。
「探偵か……。俺にあてがある。亜美さん、今度俺とそいつのところに一緒に来てくれないか」
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