亀裂から溢れだす悪 8

 亜美には充希がバイヤーと関わっていることをコミュネクトのメッセージで伝えた。

 伝えるかどうかは悩んだが迂闊に近づいて何かに巻き込まれてしまう可能性もあるため、伝える方が危険が少ないと判断したからだ。

 亜美は想像していなかった状況に困惑している様子で、瀬那がこっちで何とかしてみるとメッセージを送っても既読をつけただけで反応はない。

 AFTER SCHOOL CLUBに近づくなとだけ忠告し、瀬那は鍵音の下へ向かった。

 

 鍵音も女子寮のマンションに住んでいたが男子が入るわけにもいかないため、学生通りの喫茶店で合流した。いつも通り窓際の席でコーヒーを飲みながらまっていた。

 

「やぁ、おはよう」

「おはよう。何かわかったって?」

「ここ最近のバイヤーの動きを探っていたのさ。すると興味深いことがわかってね。でも、少しだけ君にとってつらいことかもしれない」

「俺にとって? 俺は別にシールに関わってないだろ。バイヤーの知り合いがいるわけでもないし」

「それが関係あるんだよ。七月に入ってから一番最初にどんな依頼を受けた?」

「一番最初……。あれだろ。道上紗江の妹を調査してバイヤーを倒した」

「それがまずかったのさ」


 海岸沿いの倉庫でシールを売っていたバイヤーは白と呼ばれていた。もちろん本名ではない。こういった裏世界で使われる通名だ。

 白はまだ裏社会に入ったばかりの新人バイヤーで、信頼などないに等しい。知り合いの伝手でバイヤーになったとはいえ信頼の確保は自身の実力で勝ち取らなければならない。学歴や資格なんてものは一切通用しない。実績を積み重ねる。それこそが裏社会で信頼される方法だ。


 バイヤーは新人でもやりやすい仕事ではあるが、同時に組織に対し大きな利益をもたらす仕事でもある。物を売るということは場所、時間、客、それぞれがかみ合わなければ意味がない。

 本来ならばシールを欲しがりそうな人間がいる場所で売るのだが、白はネットのアングラな掲示板とSNSを利用し情報を拡散した。


「情報を拡散した白は二つの方法で迷ったんだ。直接あって取引するか郵送するか」

「郵送のほうがリスクは低いよな。でも、白は直接売っていた」

「リスクに関しては瀬那の言う通りだが、郵送するとなるとバイヤー側の住所が必要だ。信頼を得ていない白では仮の住所は手に入らなかった。でも、金さえ払えば住所を買うことはできる」

「住所を買うってまた変な話だな」

「そういう業者がいるんだよ。売り屋っていう業者でね。なんでも取り揃えてる。私も使ったことあるよ」

「……悪いことに使ってないだろうな」

「もちろん。日本では手に入らない本を迅速に届けてもらっただけさ。時間が経つと読みたいという欲さえ消えてしまいかねないからね」


 それ自体は本当だったが同時に売り屋を使ってみたいという好奇心もあったことは内緒にしていた。


「直接売る行為のリスクは顔がばれることだ」

「でも、顔を隠すくらいできただろう」

「顔を晒すことでこの行為の危険さをあえて下げて見せたんだ。あくまでちょっとだけ悪いこと。借りパクや万引きくらいの雰囲気に落とし込む。そうすることでこれくらいならという心理を利用したんだ」


 同時に、客の顔を把握することで客のデータを収集し、いずれ組織に流したり場合によっては情報屋などに流すことで信頼か金を得られる。客を信頼させるためにあえて顔を晒していたのだ。


「だが、当然のことながらこれはリスクが高すぎる。案の定グングニルに目を付けられていた」

「そういえば可憐が今までの計画が水の泡になったと言ってた」

「そこだよ。可憐の発言はなんら大げさに言ってはいない。グングニルは彼から芋づる式でバイヤーを捕まえて裏にある組織を潰そうとしていたんだ。イージスもこの件には協力している」

「えっ……。まってくれよ。じゃあ、俺があいつを倒してしまったのはまずかったのか?」

「グングニルの方法が完璧に成功すると前提した場合、君の行動は迷惑以外の何物でもない。つい最近地下都市で消息を絶ったバイヤー草煙と呼ばれる男も計画の上ではグングニルかイージスが捕まえる予定だった」


 草煙は通名だ。だが、地下都市で消息絶ったバイヤーを瀬那は知っている。

 詠歌たちと共に戦った相手だ。

 詠歌からのメッセージでその後のことは聞いていた。ムラクモがイージスに変装し男を連れて行ったと。その後、イージスは行方を探していたことも。


「草煙は狡猾なやつみたいでね。基本は誰かに扮して行動をするんだ。表に出てくることはあまりない」

「じゃあ、なんで出てきたんだ?」

「白がいなくなったからさ。草煙は白の師匠的なポジション。責任を取るために表に出て行動しなければいけなかった。しかし、普段は誰かの真似をし変装しているために簡単に見つけることはできない。一般人に紛れるんだ。あくまで変装することで対象を分散させる。ちょいと時間を稼げば彼は逃げるんだよ」

「もしかして俺が川で捕まえたやつも……」

「ああ、組織と関係している。彼は確か響だったかな。事件を発生させて注目を集め、同時にほかの事件を起こしグングニルの人員を手薄にする。本来なら何人ものグングニルを集めるところ君によって阻止された。彼もまた草煙と関係しているようだ。おそらく草煙によって組織に入れてもらったとかだろう。草煙が責任を取らされるには十分」


 もし、瀬那が道上紗江から頼まれていなければ、あそこで倒していなければ、今頃組織を見つけてグングニルとイージスが対処していたかもしれない。結果的に瀬那の行動が事を複雑にしていたのだ。


「充希が……充希が動き始めたのにも何かあるのか?」

「草煙の後釜ということさ」

「やっぱりか……。さすがに責任感じてくるよ」

「無理もないさ。充希はあくまで補充要因。まぁ、組織と絡んでいるのは間違いないけどね」

「でも、俺が紗江の一件に触れなけれ充希は」

「少なくとも今の段階で動くことはない。白、響、草煙。この三人を止めてしまったから充希が動き始めたんだ」

 

 今まで目の前の、届く範囲の人助けをやっているつもりだった。

 手の届く範囲なら責任もおえる。多少大変でもなんとかやっていける。このヴィジョンなら止められる。瀬那の中にあった自信は鍵音から伝えられた真実で揺らぎ始めていた。


「君の人助けを止めるつもりはないしそんな権限もないけど、今回はかなりまずいことになっている。おそらく、そろそろ相手組織も瀬那にたどり着くだろう」


 それは、組織が瀬那に手を出すかもしれないということだ。

 散々邪魔をされたのだから何かしらの報復があってもおかしくはない。


「だったら、倒すしかない。その組織をな」

「大きいわけではないけど決して油断もできない。相手だって簡単にやらしてはくれないよ。策を立てないと」

「いいや、そんな時間はない。今俺に必要なのは策じゃない。覚悟と勇気だ」

「走り出したら止まらないか。まぁ、そうだと思ったよ」

「怪我したらまた頼むぞ」

「私の治せる範囲で頼むよ。君のことだ。死にはしないだろうけど大怪我をしてくるかもしれないからね」


 瀬那は鍵音をこれ以上をこの件に巻き込みたくはなかった。

 事の重大さを理解し、その責任は自分にあるとわかったのだから、その責任は自分で取る。

 瀬那は鍵音と別れAFTER SCHOOL CLUBへと向かった。

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