亀裂から漏れだす悪 1

 あと数日で夏休み。瀬那はいつも通りぼけっとしながら授業を聞いていたが、周りの同級生たちはどこか浮き足が立ったような雰囲気に見える。一か月の休みは誰にとっても魅力的だ。フロンティアなら遊ぶ場所もいっぱいあるし退屈はしない。


 実家に帰ったり本土で遊ぶ予定を立てている人もいるだろう。しかし、瀬那は特に夏休みの予定はなかった。一応顔見せ程度には一度実家に帰ろうかと思ったが、正直気乗りはしない。一度帰ってしまうと妹がまた引き留めてきそうだからだ。


 昼休みに食堂に行き財布を確認すると中にはほとんど現金が入っていなかった。コミュネクトを券売機に近づけ、電子決済E-payで食券を買い席に座って待った。そこに友人の源氏と湊がやってきた。二人ともトイレに行っていたようだ。すでに食券を買っているのか券売機を素通りし丸テーブルの瀬那の対面と横に座る。


「今日はなにたのんだんじゃ?」

 

 相変わらず特徴的な口調で話す源氏に対し、瀬那は食券を見せた。からあげ定食と書かれてある。


「からあげか。ワシもからあげにしようか迷ったんじゃが、今日はご当地メニューに日じゃからついそっちを頼んじまったよ」

「今日のご当地定食ってなんだっけ?」

「とり天じゃ。大分県の料理じゃな。からあげと違って天ぷらみたいにした鶏


 それを聞いて源氏は女みたいな飯だなと半ば煽るように言うが湊は屈託のない笑顔を見せた。


「野菜が好きなだけだよ」


 すると、湊が別の話題を出した。


「そういえばさ、最近シールの犯罪が多いって聞いたけど」

「らしいな。朝のニュースで見た」

「もしかして瀬那が首突っ込んでるとか?」

「いや別に俺は……」


 否定しようとしたが沙菜の妹の一件や詠歌の一件はコピーシールがらみだったことを思い出した。コピーシールのバイヤーを倒すという目的ではなかったが、結果的に関わっているため否定がしづらい。

 瀬那の表情をみて察したように湊は言う。


「無関係ってわけじゃないみたいだね。でも、気を付けた方が良いよ。この前、バイヤーを追い詰めたグングニルの三人、しかも高校三年生の結構凄腕の人たちが大怪我をしたんだよ」

「やられたのか?」

「みたいだよ。意識を取り戻した一人がさ、一瞬にして天井が落ちてきて成す術がなかったって話してるみたい」

「天井が一瞬で……」

「瀬那の足なら同じ立場でも逃げ切れるだろうけど、もし被害者とか守らないといけない相手がいたら瀬那でも危ないでしょ。だから気を付けなよ」


 コピーシールはいろんな名前で取引される。デコレーションシールにして若年女性の目を引きつけたり、タトゥーシールにして若年男性の目を引きつけたりと、そういった小細工をしながら徐々に広まり、フロンティアだけにとどまらず東京のクラブやゲームセンターなんかでも平気でバイヤーがうろついている。


 ヴィジョンというのは常人からすればまだ異質で怖いものとされがちだが、フロンティアにいるとそういった感覚がなくなってくる。ほとんど学生は何かしらのヴィジョンをもっていることが多いからだ。


 イージスやフロンティア警察の能力犯罪捜査をする人たちはヴィジョンに対しヴィジョンで対抗する。


 それ以外にも一般的な捜査、さらに探偵などもヴィジョンを使うことがある。それだけこの都市では浸透したものなのだ。


 とはいえ、全員が強力なヴィジョンを使えるわけではない。瀬那のように物心ついてから発現し練習を重ねる者や生まれつきヴィジョンを発現している者、可憐のようにきっかけがあってヴィジョンを使えるようになった者。ヴィジョンの発現経緯は人それぞれだ。


 多くのヴィジョン使いはあまり社会に影響を与えないことが多い。


 例えば、コップに入った液体を少し温める程度や、人差し指から豆電球にも見たいない光を出す程度、指先からマッチ棒程度の炎を出したりと、ほんの少しだけ生活を助けるというヴィジョンが多い。


 瀬那や可憐のように戦いをこなせるヴィジョンとなると、フロンティアでも限られてくる。戦えるヴィジョンや捜索のできるヴィジョンを使う者はグングニルやイージス、フロンティア警察に入る。


 ヴィジョン使いは一般社会で怖がられたり差別されないため、フロンティアに移住することが多いが、やはり強力なヴィジョンを使うことを憧れにする者もいる。そういった人たちは自身に弱みや鬱屈とした気持ちがあり、そこに付け込んで強力なヴィジョンを付与させたシールを買ってしまうのだ。


「強いヴィジョンをもったところで何に使うんじゃ? 強盗でもするわけにはいかんじゃろうし」

「瀬那見たいに走ったりしてみたいとか、グングニルの可憐さんみたいに炎を出したいって気持ちは普通だともうよ。誰だってヒーローみたいな人や超人に憧れる。美人になりたいとかイケメンになりたいとか、お金持ちになりたいとかと同じなんじゃないかな?」

「そうなのかのぉ。ワシは平和に暮らせるのが一番じゃ」


 もし、自分が生まれつき体格が良くて力もあったら、きっとそれを使って何かをする。もし、自分が生まれつき美人で太りにくかったらきっとそれ使って何かをする。


 ヴィジョンとは、そういう肉体的な特徴と同じ扱いされるべきだというのがフロンティアの論調だ。力が強いから格闘選手になる。足が速いから陸上選手になる。恐怖に対して立ち向かえる度胸があるから警察官になる。美人だからモデルになる。


 ヴィジョンを使えないようにするというのは、そういった個人の特技や特徴を殺すことに繋がる。


 ただ、脅威になる可能性があるから、能力を持たない人たちが徒党を組んでヴィジョンに対する風当たりを強くし、ヴィジョンはいけないものなんだ認識させようとしている節が本土にはある。


 まだ研究の進行が科学なんかに比べて進んでいないヴィジョン研究。なのに、いまでは人工的なヴィジョンさえ作れると豪語している。実際、このフロンティアにはヴィジョン所持者になれる手術があるとうわさが流れている。


 もし、全人類が平等にこの手術を無料で受けられるなら、世論は真逆になるかもしれない。それほど、ヴィジョンというものは社会に影響を与えている。

 力ある者とない者、この差は縮まるのだろうか。



 

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