汚れた過去を消すために 2

 第三学園エリアからバスで駅まで向かい地下鉄に乗り込む。地下都市行きのエレベーターのある駅で降り、駅の案内板の指示に従いながら進むと巨大なエレベーターの扉が見えた。


 三人とも都市に詳しいわけではないため、巨大な扉に対し驚きを隠せなかった。

 

「でっかいなぁ。そういえばこっちに来てからまだ地下都市には行ってなかった」

「私も行ってない。あるのは知ってたけど用事もなかったし。でも、送られてきた画像を見る限りそこまで変な場所じゃあなさそう」


 地下都市行きのエレベーターは交通機関扱いであり地下に行ける時間が決まっている。移動する度に向かった先でシステムがメンテナンスに入り、異常がないかと確認して人々を運ぶためだ。とは言え、何十分も待つことはなく基本的には五分から十分程度の感覚で移動している。


 地下都市は高さがあるため通常のエレベーターをいくつも設置し適宜動かすよりもこの方が効率的で消費する電力も少ない。この場所にある地下都市行きエレベーターは一基だけだが、中央エリアなどでは観光客も来るため数基用意している場所もある。

 三人は地下都市行きのエレベーターに乗った。ほかにも二十人ほど地下都市へ行く人たちが乗っている。エレベーターの壁はガラスになっている部分も多く、地下都市に入ると景色が見える。


 第三地下都市エリアへと降下中、三人はガラス窓から外を見下ろしていた。

 天井は照明と色の変化で空を演出している。鳥が飛んでいるようにも見えるがあくまでプロジェクトマッピングのような投影技術で映し出しているだけで本物ではない。


 実際に鳥を地下都市で飛ばすことも考えられたが、照明に接触し故障したり、エレベーターに接触する可能性もあったためこの案は却下された。疑似的に再現した雲を突き抜け降下し、地下都市に到着する。


 エレベーターのある場所から出るとそこはもう地下都市。目を凝らしてみなければ空は本物のように見える。ただ地下と認識できるのはエリアごとに壁が隔たっているため、空は本物に見えても横を見れば地下であることが容易に理解出来る。

 

 地下都市第三エリアは名前の通り三番目に作られた地下都市エリアだ。地下の地盤の兼ね合いで数字に反してエリアは点々と作られている。そのため、地下都市第三エリアに隣接しているのは第五、第七と飛んだ数字になっている。


 そこまで不便なわけではないが初めて地下へ来る観光客は数字の順番通りに並んでいると思ってしまい迷うことも少なくはない。一度迷ってしまうと自力で元のエリアに戻るのは困難だ。そのため、各地に全体マップやどこからどのようにエリアを移動すればいいかを教えてくれる案内モニターがある。


 人工的に発生させてあるそよ風が詠歌のサイドテールを軽く揺らす。そんな穏やかな人工のそよ風とは対象的に、詠歌の瞳は戦う覚悟ですでに満たされていた。


 まだ相手がどんなヴィジョンを使い、どこで何をしているかもわからない。ただ、詠歌にそれをゆだねてきたムラクモという組織には何か意図があることだけはわかる。その意図はまったくわからずとも、危険だからこそ報酬が過去を消すのだろうと考えることはできる。


「きっと危険なことをやると思う。相手だっておとなしくしてない。戦闘不能にするってことは戦闘できるやつってことだからね。だから、もし危ないと思ったらいつ逃げてもらっても構わないから」


 詠歌は、瀬那と聖が協力してくれたことに感謝している。依頼を受ける際に一人では難儀すると言われたことからなんとかして仲間を見つけたかった。今まで一緒にいた仲間はヴィジョンの力が乏しく、詠歌が指揮をとることに気を取られ上手く戦えない可能性もはらんでいた。相手が危険な存在ならば万全な状態で挑むほかない。


 でも、可憐の手を借りるという選択はなかった。そもそも、いま詠歌が一人で海沿いのマンションに住むことが出来ているのは、可憐とその姉である梨花が用意してくれたからであり、チャイルドハウスに馴染めなかった詠歌を心配してくれたからである。


 詠歌の仲間たちのサポートもしてくれた。学校に行かず無断欠席が続いていたために学校側は退学処分にしようとしていたが、可憐が話をしてくれたおかげで二度目はないと釘は刺されたもののなんとか学校をやめずに済んでいる。


 詠歌はそもそも学校に入る手続きをしている最中でそうなったため、現在は学校に通ってはいない。いずれ通うことを考えていたが、空白の期間の説明ができないことと、以前に起こした騒動の影響で受け入れてくれる学校は多くない。


 それでも可憐はなんとかしようとしてくれている。自身の学業をこなしながら、グングニルとしても活動しつつ、詠歌のサポートもしているのだ。これ以上可憐に負担をかけたくない。


 仲間たちは学校でがんばっているのだから巻き込みたくない、だけど仲間は必要。それを解決してくれるのではないかと思い、声をかけた相手が瀬那だった。


 瀬那が人助けと称していろいろとやっていることは知っていた。瀬那と出会う前から疾風のごとく駆けるヴィジョン使いの噂はよく聞いていたのだ。そして、実際に会ってみてわかった。可憐が信頼できるほどの人物で、その行動は軟な正義感ではなく、信念に基づく強固なものだった。


 しかし、それと同様に協力してくれたことに対して罪悪感もある。瀬那なら協力してくれる。そういう性格だとわかっていて声をかけたのだ。その上、自分のやった行いを償うために何かをしたいと願った聖までもを巻き込んだ。


 このままでは二人を利用した形になってしまう。そんな心のモヤモヤを残して過去を消しても意味はない。


 だからこそ、詠歌は再度確認した。自分達にはなんの利益のない危険なことに歩を進めてくれるかと。


 詠歌の内心は不安で満たされそうになっていた。瀬那は人助けをしてるとは言え、詠歌と関わりをもったのはごく最近。それも成り行きのようなものだ。瀬那がわざわざ詠歌を助ける理由はどこにもない。聖も会ったばかりだ。

 

 だというのに、二人の答えは詠歌の心に光を照らす。


「危険かもしれないのにそれを見過ごすなんてできない。俺の力は加速。いざとなれば二人抱えて逃げればいいしな」

「詠歌さんが瀬那さんとどんな関係かは私にはわかりません。でも、瀬那さんに助けてもらった時、私はとても嬉しかった。これは償いであると同時に、かつて自分がしてもらったことをほかの人にするチャンスでもあるんです」


 なんでこうもまっすぐな瞳で危険に足を運ぶのか。疑問をぶつけようとしたが野暮だと思いやめることにした。少なくとも自分とは違う精神をもっている。そういう解釈をするしかなかった。


 だが、二人の言葉はとても心強く、表には出していなかった不安の霧が消えていくのがわかる。


 自然と詠歌の表情は柔らかなものになった。


「ありがとう。二人とも頼りにしてる」


 



 

 

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