汚れた過去を消すために 3
地下都市第三エリアは、これといって大きな特徴のない町がひろがっている。地下都市中央エリアは観光地としても作られたために、大規模かつ外から来た人を楽しませるような試みがなされているが、このエリアは住居が多い。
スーパーやコンビニ、その他商業施設なども建てられてあるが少し田舎っぽい雰囲気もある。
人一人探すとなると広さ的に当てずっぽでは日が暮れてしまう。だが、特に新しい連絡はない。現状は歩いて探すほかなかった。
家に入られていたら見つけようがない。瀬那は周囲に迷惑をかけないよう軽く速く走って探索し、詠歌たちは店の多い場所へと向かうことにした。
バスに乗るといよいよ地下という感覚はなくなる。都市と地下都市との間には一般的な地下街が存在するが、その下に都市があるなどとごく一般の生活をしていたなら想像することもできない。
一説ではシェルターとしての機能も持っていると言われているし、かつての実験でこれほどの地下が必要だったとも言われている。
その名残というものはほどんどないが、無理やりこじつけるならエリアごとに壁で覆われているのはどことなく研究所の実験施設の名残のようにも思える。
バスでは窓際に聖。隣に詠歌が座っている。窓の外を眺める聖の姿はどこか無邪気な子どものような幼さがあった。
「バス、初めて?」
「はい。普段は両親の車にのせてもらってたので」
「ふーん。今は一人?」
「学校の寮で暮らしてます。私、途中からこっちに来たので合同入学式受けてないんですよ。だから、まだここのことあまりわからなくて」
合同入学式は、高校になって初めてフロンティアで住むことになった生徒たちを対象に行われる。説明会みたいなものだ。フロンティアに入ってすぐのエリアであるオープンエリアの大きなドームでその合同入学式は行われ、人数もかなり大規模なものとなっている。
詠歌も合同入学式は受けていないが式の存在は知っている。毎度グングニルやイージスが駆り出されていることを可憐から聞いていたのだ。
「そういえば瀬那さんは合同入学式に参加してますよ。なにやらちょっとトラブルもあったみたいです」
「バスジャックだっけ?」
「そうです。バスの自動操縦システムがハッキングされて、いくつかのバスに犯人が乗っていてドームに突っ込もうとしたとか」
「ジャックするのはいいとしてなんで現場に人がいたんだろう」
「確か起爆させる予定のバスには近くから特定の周波数を当てることで爆破できるようにしていたらしいですよ」
「ハッキング出来るのに爆破は案外アナログチックなわけだ」
「恐怖を演出する目的もあったんじゃないんですかね。乗りこんでいた犯人はヴィジョン使いだったので逃げ出す手段はあったんだと思います」
ドーム行きのバスは何十台とあったが狙われたバスはわずか七台。爆破やジャック自体が重要な目的ではなく、これを始まりとして名を広げようとしていたというのが警察やイージスの見解だった。
この一件は大々的に全国で報道された。フロンティアの危機管理能力に疑問を抱きいろんな声があったが、それぞれのバスに乗っていた生徒たちが対応し死者や重傷者は一人もでなかったかこと、グングニルとイージスの迅速な対応もあったため、それが広まるとむしろヴィジョン所持者やフロンティアに対して賞賛の声も増えた。
「あの、もしかしたら野暮なことかもしれないですけど、詠歌さんって普通じゃないですよね。今まで何をしていたんですか?」
純粋そうな表所から勘の鋭い問いかけをしてくる聖に対し、詠歌は敵と対峙した時のような緊張感を覚える。詠歌にとっての敵は自身の生活を脅かす者。かつて蔑んできた者たちに対して詠歌は常に気を張り何をしてくるのかと観察していた。
しかし、この緊張感は陥れられるとかそういう類のものではないとすぐにわかる。気を張りすぎていたのだ。少なくとも人に褒められるようなことは可憐と離れてからしてこなかった。その時間は詠歌の人生の中でわずか一年程度と短いものだが、若者の一年は大人の一年よりも濃密だ。悪いことに手を染めていたころには、同様に悪いことをする者たちから目を付けられることもある。
いつ何が起こるかわからないからこそ、自分の素性や過去を探ってくるものに対し、異常な気を張っていたのが聖に向けられた。
「語れるようなことは何もしてない。むしろ、話したくないことの方が多い。若気の至りというには私自身が納得しきれない程度には」
「大変だったんですね。私には想像もできないことなんでしょう」
聖はまるで懺悔室の向こう側で話を聞く神職者のような雰囲気を纏いながら答えた。それがとても異質。いや、さっきまでの姿とは矛盾していて、でもどこか清々しさを覚えるほどに真逆。
罪の意識は聖の中にしっかりあるのに、瀬那を襲った時と瀬那に許された時で大きく変化していた。
「私は、まだ無知で経験も浅い。良くも悪くも両親に守られてきました。でも、その影響からか、知らない感情が沸き出て、それしか見えなくなって暴走して、結果としては大きな被害はなかったけど大好きな瀬那さんに迷惑をかけてしまった。それに、詠歌さんにも」
「私はたまたまだし」
「でも、詠歌さんのおかげで私は少しだけ社会を知れた。外の世界を知れた。自分が想像している以上に世の中ってのは広くて予想がつかない。あんな強引なやり方じゃなくて、瀬那さんが心の底から私を好きになってくれるようにがんばろうって思えたんです」
心の中でそういうことかと詠歌は言った。
純粋さと狂気は紙一重。一つに対し熱心に取り組む姿を純粋とも言えるし、一つに執着している姿は狂気とも言える。聖にはそういう二面性があった。そのスイッチは瀬那が関わってくると入ってしまうようだ。
初めての恋心が純粋さから狂気へと変貌させた。何か一つ違えば、人を殺していたかもしれない狂気は、瀬那の許しと詠歌の存在で純粋さへと変わったのだ、しかし、狂気になれたということは少なくとも、まだその精神的な部分は聖の中に残っている。今は影響がないにしても、いずれそれは聖自身を苦しめるかもしれない。
「これからいろんなことを経験していけばいい。ゆっくりとね」
「はいっ。詠歌さんの姿からいろいろ学ばせてもらいます!」
あまりにも純粋すぎることからほんの少し調子が狂う詠歌であった。
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