あなたの背中を追って 3
「私はまだヴィジョンを完全に理解してないし使いこなせてない。力を使うと強くなりすぎて制御ができないんです。でも、あなたさえ守れるのならほかの人はどうだっていい!!!」
海からは無数の海水で出来た巨大な手が現れる。さらに波で周囲を一気に水浸しにしていった。巨大な手は瀬那へと襲い掛かる。
「避ければどうってことは!」
「もう遅いんですよ! すでに水浸しになったのならやり方はいくらだってある!」
瀬那が走ろうとした瞬間に、足元へと強烈な水の流れを作り出した。足を取られその場に倒れると、巨大な手が瀬那を掴み拘束する。顔だけが外へと露出して呼吸はできるが、次々と覆いかぶさる巨大な手は水圧で瀬那を押しつぶしていく。
「やっとおとなしくなりましたね。これじゃあ腕も動かせない。ようやくあなたを守れます」
夏の日差しに照らされ瀬那を見下ろす聖の笑みには狂気が含まれていた。
あの時、聖自身が恐れたあの男性の狂気と同じものがそこにあった。
愛ゆえに執着し、愛ゆえにどこまで相手を追う。
その結果、周りがどうなっても知ったことではない。
あの男性とまったく同じことをやっていたのだ。
男性は聖の幼さやヴィジョン所持者であるというだけで近づいたわけではない。聖の美しさの奥底にある、深淵のような狂気に惹かれていたのだ。自分に狂気があるなんて思いもしない聖は気づくことができなかった。自らに眠る狂気が目覚めたことにさえも。
「このまま体温を奪って動けなくして運んでいきますよ。背負うくらいななんとかできますから」
瀬那にはもう、どうすることもできなかった。体が動かせなければどんな手段も使えない。だが、その瞳はまだ敗北を認めてはいなかった。
「……なぁ、この都市にはいろんなヴィジョン所持者がいるんだ」
「急になんですか? お話をしたいならあとでじっくりしましょう。私がどこにも行きませんから」
「この都市で人助けしてるといろんなヴィジョン所持者に出会う。炎を使ったり、視界をおかしくしたり、風を操ったり、ほんとにいろんなヴィジョン所持者がいる。その細かい数や能力の詳細は都市だって把握できていないし、今後も把握することはできないだろう。なにせ、同じようなヴィジョンでも成長や才能で大きく変化して、派生した能力を身に着けることがあるからな」
「もしかして、瀬那さんは力を隠しているんですか?」
「いや、それはない。間違いなく俺は手詰まり。どうしようもないピンチだ。崖に追い込まれた犯人は自首するか自殺するだろ。それくらいピンチだ」
「じゃあ、なんでそんなに自信があるんですか。その目はあきらめた人の目じゃないですよ!!!」
「――諦めてないからさ。ようやく時間が来た。約束の時間がな」
その時、瀬那の体は強引に引っ張られ巨大な手から解放される。
瀬那自身が何かをしたわけではない。何もできることはなかった。
となればこの解放の理由はたった一つ。誰かが瀬那を解放したのだ。
「な、なに!?」
瀬那が引きずられていった方を見ると、そこには一人の少女が立っていた。
黒い半袖のパーカー、スカートがそよ風で揺れている。
「話がしたくて呼んだのに、君っていつもこういうことに巻き込まれてるんだね。可憐の言ってた通りだよ」
「あなたは誰なの!!!」
「私? 私は詠歌。ヴィジョン所持者だよ」
詠歌は手から電気をバチバチと鳴らしていた。
「そう、私の瀬那さんを奪うんだね。それってどういうことか知ってるのかなぁ!!!」
聖は完全に狂気に飲み込まれていた。取り繕うことを一切せず、感情のすべてを詠歌にぶつける。最愛の人を奪われたと思った聖は巨大な水の手で詠歌を襲った。
「無駄だよ。だって、私とあなたじゃ相性最悪だもん」
詠歌がそっと地面へと手を触れると、濡れた地面を電気が走り聖を襲った。
生まれて初めて感じた衝撃に聖はヴィジョンを解除してしまう。
「で、電気のヴィジョン……。でも、どうしてあなた自身がダメージを受けていないの」
「まぁ、確かに私は電気に対して耐性があるわけじゃない。電気を吸収したりはできるけどあくまでそこにとどまっている電気だけ。雷が落ちてきたりすれば私の反応速度じゃ電気を吸い取れない。あくまで認識していて方向がわかるから。それに、水から伝わってくる電気はあまりにも範囲が広すぎてダメ。あくまで手で触れられる電気じゃないと」
「だ、だったらどうして!」
「簡単な話だよ。私のは電気と磁力。相互関係にあるこの二つを操るの。だから、瀬那がつけているベルトの金具や腕時計をひっぱってここまで持ってきた。私の体には腕時計、ベルト、ブーツの金具、ポケットにはコミュネクト。すべての金属を体に押し付けるようにしてその瞬間だけ浮いてただけ。それに、厚底ブーツの底はゴムだよ。電気を通さない」
完全に瀬那を奪われた。そう思った聖は自暴自棄になりかけている。
地面に膝をついて頭を掻きむしりながら瀬那へと手を伸ばそうとすると、すでにさっきまでの場所に瀬那はいなかった。
「えっ……」
「聖。君の力は強力で俺一人じゃ対処できなかった」
聖の肩にそっと手が触れる。振り返ると瀬那が片膝をついて聖のほうを見ていた。殴られると思い聖はぐっと目を閉じた。しかし、待てども何も起こらない。
「大丈夫。君を殴ったり傷つけたりはしない」
「えっ……?」
聖は目を開けて瀬那のほうを見た。
その瞳は怒りや憎悪に満ちた瞳ではなく、大人が子どもを心配するような時とよく似ていた。
「わ、私……瀬那さんを襲ったのに……」
「それがわかっているならいい。俺は許す。君はきっと少し心が未熟だったんだ。怖かっただろ。自分の力が一切通用せず、容赦をしてこない相手のことが」
男性に追われた時とかは違う恐怖だった。
無力だから怖かったのだと聖は思っていた。だからこそ、力がある今ならなんだってできる。しっかりと考えてやれば大丈夫。油断も慢心もなかったが、自信はあったのだ。
だが、それは詠歌によって打ち砕かれた。たった一度の攻撃で聖は理解したいのだ。自分よりもヴィジョンの扱いに長けており今の自分では手も足も出ないと。
「瀬那、私はさ。知っての通りそんなにいい性格はしてない。徒党を組んで反旗を翻そうとした過去がある。だからそんな私の直感が囁くの。危険な人間は今のうちに痛い目に合わせておけって」
ゆっくりと詠歌が近づいていく。
朝だというのに手には眩いほどの電気がけたたましい音を立てている。あんなのくらえばひとたまりもない。命があるかどうかもわからない。なんであんな芸当でできるのか聖にはわからなかった。
人一人簡単に殺せる力を、なんで同じくらいの年代の少女がもっているのか理解不明だった。
「やめるんだ。可憐はそんなことを望まない」
「……」
可憐の名前を出すと詠歌はすぐに止まった。
「……卑怯だね。そういわれたら何もできないよ。ただ言っておくけど、私はその子をいたぶりたいってわけじゃない。これから可憐の脅威になったり、グングニルの迷惑になって可憐の手を煩わせたり、また瀬那を襲うなら、二人は甘いから私がやってあげようってだけ。だって、二人とも明確に悪とわからないと本気出さないでしょ」
「大丈夫さ。この子はもう絶対にあんなことはしないしさせない」
聖は瀬那がなぜ許してくれるのかわからなかった。自分の行いがおかしいことくらいはわかる。無論、いまさっきそれを理解したところだ。さっきまでは瀬那のことしか見えていなかったのだからそんな気持ちはさらさらなかった。
だが、今は自分の行いに後悔がある。なんでこんなことしてしまったのか。傷つく姿を見たくないと言いながら真っ先に傷つけようとしていたのは自分なのにと、自分を許すことができなかった。
「どうしてなんですか。私は瀬那さんを……」
「どれだけ知識があっても、経験がなければ未熟なままだ。知識は偉大だがそれは経験あってこそ。逆も同じだけどな。君はおそらくいい家庭で生まれてきてる。なんとなくだけどそう思う。だけど、社会を知らなかったしヴィジョン使いのことも知らなかった。俺に対して好意を抱いてくれたことは感謝すべきなのかわからないけど、ありがとうと言っておく。でも、さっきまでの行いは決していい行動ではない」
「でも、瀬那さんは私を殴らない。なんでそんな優しい目を」
「悪に染まって誰かに迷惑をかけることを正当化してしまえばもう後戻りはできない。だけど君は違うだろう? まだやり直せる。君の目はさっきとは違う。もっと、多くのもの見れる目になったはずだ」
その時、瀬那以外が物がぼやけていた視界がはっきりと見えるようになった。
空の青さ、木々の葉が日差し浴び輝く生命力、太陽の眩しさ。詠歌の信念、瀬那の覚悟。それは、ヴィジョンを認識してから見えていなかった世界の本当の姿だった。
「私は……私はなんて愚かなこと…………」
瀬那は泣き崩れる聖の体を支えた。
「過ちを犯すこともある。それが経験になって、知識になって、また挑戦するんだ。俺は君を許す。幸い、ほかの人には被害が出てないからな」
詠歌はためいきをつきながら言った。
「私、巻き込まれてるんですけど。というか私が助けたんですけど。二人でイチャイチャするのやめてもらえない?」
イチャイチャという言葉に反応し聖は突如顔を赤らめた。
「反省はしてても心は正直だね。まぁ、それくらいのほうがいいかも」
そういうと詠歌は本来瀬那と待ち合わせし話そうとしていたこと言った。
「聖だっけ。ついでだから君も話を聞いて。――私に協力をしてほしい」
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