なんのための成長 3
瀬那は自分が追いかけると豪語するが相手は水上。深い川ではないが幅は広く跳躍でボートへ飛び移るのは不可能だ。
「どうするの? はやく追いかけないと遠くに行っちゃう」
「音葉先輩、力を貸してください」
「風を起こして運転手を落とすのは無理だよ。ギリギリ有効範囲には入ってるけどハンドルにしがみついたらどうしようもない」
「違います。俺だけに風を起こすんです」
ボートの速さに追いつくの決して難しいものではなかった。瀬那の速さをもってすれば全力を出し追いつける程度のもの。
しかし、難点はそれは水上であるということだ。例え瀬那が水上を走れたとしても岸と水面には高さがあるため一歩目で沈んでしまう可能性がある。一歩目の踏み込みを高さのギャップがない場所で行ったとしても二歩目の踏み込み時のタイミングがかみ合わなければそのまま川へと沈む。瀬那が水上を走るためには別の力が必要だった。
グングニルが追いかけてこないのをいいことにボートに乗っている男は速度を下げてその様子を眺めていた。
「大した騒動にならなければイージスは出てこれまい。もうちょい暴れてグングニルを引きつけてやる」
再び速度を上げようとしたとき、岸から瀬那と音葉が走ってくるのを確認した。
「なんだあいつら。俺を捕まえるつもりか? これるものなら来てみろ!」
「調子に乗ってるな」
「あのさ、私たちグングニルじゃないのにヴィジョン使って怒られないかな」
「大丈夫です。たぶん……」
「えぇ! ばれたらお母さんに怒られちゃう」
そうこうしているうちにボートへと近づくと瀬那は川へと飛んだ。音葉は悩む暇もなく瀬那へと手をむける。
「もうどうにでもなれっ!」
瀬那の体の下から吹き上げる強い風が発生。水面へ足が触れる。本来なら沈むはずであるが瀬那はそのままボートに向かって水面を走ることに成功した。
「うそだろっ!? あいつ水面を走ってやがる!」
「加速はしづらいがこれなら追いつける」
男はボートを急加速させるが瀬那との距離はどんどん縮み追いつくのは時間の問題だった。すると、男はクロスボウを取り出し瀬那へ向け放った。
「あぶねっ! あんなもの持ってるってことはただの一般人じゃないな。ここで捕まえなきゃ!」
瀬那は一瞬だけ同様の色を見せるがすぐに目つきを変えて男をにらんだ。男の思惑とは違いむしろの瀬那のやる気を上げてしまう。
いずれ追いつかれ捕まるくらいならと男は瀬那の体へと狙いを定めた。
「追いかけてくるお前が悪いんだぞ!」
男の持つクロスボウの速度は秒速370フィート。時速に変換すると400km以上になる。拳銃と比べれば明らかに低い速度だが、瀬那が視認してから避けるのは至難の技。
矢を真横に飛んで回避できればいいが、水上走りを維持するためには前に進んでいなければいけない。そのため、向かってくる矢に対し瀬那は猛スピードで突っ込む形になるのだ。
さらに不運なことに音葉の能力の射程範囲から抜けたことで風の力がなくなり、通常よりも体力を消耗しながら走らなければならない。急な回避行動はスピードを落とし、川へ沈む原因ともなるため瀬那がとれる行動は限られていた。
男は完全に瀬那を捉え矢を放つ。
「くらえっ!」
放たれた矢はわずかに瀬那の脇腹をかする程度で直撃はしなかった。ボートの揺れもあってまともに標的を狙うことができなかったのだ。
しかし、それは逆に言えば狙った位置と違うところに当たる可能性があるということ。下手をすれば頭部に直撃する危険性もはらんでいることになる。
その上近づけば近づくほど狙いはつけやすい。状況は瀬那に不利なことばかりがそろっている。
「危険なのは承知だ! 危険におびえて人助けができるわけがない! お前に命をとられるつもりもなければお前を見逃すつもりもないっ!」
クロスボウを直撃させるため、男はオートパイロットによる速度を落とした。
おかげで徐々にボートへと近づきもう少し近づけば手が届く距離。だが、このタイミングで矢の装填が完了し男のクロスボウが瀬那へと向けられた。
「この位置なら外さんぞ。俺なりの慈悲だ。肩を撃ちぬいてやる」
「くっ……」
圧倒的不利。
これを回避するにはスピードを落として川へと沈むほかない。
だがその時、ボートに強烈な向かい風が発生する。
「くそっ、なんだ急に!」
岸を見るとそこにはバイクに二人乗りをして追いかける音葉の姿があった。
「こんなに離れているのに大丈夫なのか?」
「ここで大丈夫。ここは私の距離だから」
たまたま河川敷にいたバイク乗りに頼み、ヴィジョンの有効範囲まで近づいた音葉の風により向かい風が発生していたのだ。
男は一瞬慌てるが体勢を立て直し再び瀬那を狙う。
「この距離ならお前を撃ちぬくことは造作もない!」
「やってみろよ犯罪者!」
「ヴィジョン所持者だからって調子に乗るなよ!!」
矢が放たれた瞬間、瀬那は叫んだ。
「いまだっ!!!」
「私の全力を瀬那くんに!!」
ボートを掴み、力を入れ乗り込もうとすると瀬那の下から強烈な風が巻き起こる。体は勢いよく宙へと浮いた。矢を回避し向かい風が追い風へと変化し、瀬那の体は男の頭上を乗り越えてボートの座席側へと着地した。
「俺にはオートパイロットの解除の仕方はわからない。でも、お前を落とせばそんな些細なことは問題ないだろう」
男は慌ててクロスボウへと矢を装填するが、瀬那にとってあくびが出るほど遅い。
再び強烈な向かい風になったと同時に瀬那は猛スピードでラッシュを叩き込んだ。
「ここは俺の距離だ!!!」
瀬那のラッシュと向かい風により男は大きく飛ばされ川へと落下。
瀬那は川から岸へ男と運ぶとその場に寝転んだ。一時は風の恩恵がなかったため自力で水上を走ったため、想像以上に体力を消耗していたのだ。
「瀬那くんすごいね」
「いえ、音葉さんのおかげですよ。いまの俺のスピードじゃ着水した段階で沈むところでした。けど、風があったから一歩目が踏めたんです」
「風があれば走れるって確信でもあったの?」
「昔何かの記事で見たんです。人が水面を走るには秒速30メートルが必要だって。でも、岸と水面が平行じゃないからスピードを維持しながら着水はできません。その時、ワイヤーを使えば水面を走ることができるのを思い出して。俺の体重が軽くなれば結果的にそれと同じ状況が作り出せるかなって」
「でも、私の風が弱かったら沈んでたでしょ」
「音葉先輩は自分で想像してるより成長が早いタイプです。それに、素敵なお父さんみたいになりたいっていってたからこういう状況できっと結果を出せると信じてましたよ」
「お人よしというかなんというか。みんなが瀬那くんを頼るのがなんかわかった気がする」
近くを巡回していたパトカーがやってきた。気絶している男と息を切らしずぶ濡れで倒れたいる瀬那をみていったい何があったのかと困惑していた。
一波乱あった音葉との練習は無事に成果を出し、犯罪者も捕まえすべてが丸く収まったかに見えたが、次の日に学校へ行くと瀬那は先生に呼び出された。
「なぜ呼ばれたかわかってますね」
「もしかして昨日の一件ですか……?」
「もしかしなくてもそうです! ほんとにもうあれだけ言ってるのに公で平然とヴィジョンを使うなんて」
河川敷で瀬那がヴィジョンを使う姿を見ていた同じ学校の生徒によって、瀬那は先生から厳重注意を受けることになってしまった。ヴィジョンの練習については基本的に許されているが、ヴィジョンを用いての公での活動はグングニルやイージスが行う決まりがあるため、むやみやたらに使うのは禁止されている。
ちなみに、同じ現場にいたはずの音葉は、風という見えないヴィジョンの特性のおかげで注意をされることはなかった。
不運だと思いつつも無事に事態を止めることができた瀬那の表情は清々しいものだった。
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