なんのための成長 2
フロンティアにも川はある。雨の水と淡水化装置を利用し海水を川の水へと変えている。人工島の中に河川敷とはあまりにも異質ではあるが、住んでいると人工島であることさえ忘れてしまうものだ。
放課後ということもあり下校中の学生や近隣の小学生が遊んでいたり、バイク乗りが一休みしていたりジョギングをしている人たちもいる。
「普段はどんな練習をしてるんですか?」
「自分の部屋にあるものを風で浮かせてみたり、公園で小さな風の渦を作ったりしてる。ずっと続けてるけどあまり手ごたえなくて」
優秀な生徒が通う学校であればヴィジョン所持者のの先生などから教わることもできるが、瀬那たちが通う高校は平均レベルの高校。
ヴィジョン所持者の数はそれなりだがクラスの高い者はほとんどいない。そういう学校ではヴィジョンの成長よりも一般的な学力の向上が主となっているため、学校内に専門的な練習をできる場所は用意されていない。
「さっき風を受けた時思ったことがあって、風力自体はそれなりにあると思うんですよ。おそらくさっきは加減してくれましたよね」
「さすがに人の顔に対して全力でヴィジョンは使えないよ」
「そりゃそうですよね。でも、逆に言えばパワーの加減はできるってことですよ。でも、気になったことがあってそれは広さのコントロールが不安定なんです」
音葉の風を顔で受けた際に、扇風機が首を振った時に生じる風のムラのようなものを感じていた。これは顔ほどのサイズでも同じ場所に一定の力で風を送る際に、力に気を取られ範囲まで気が回っていないことだと瀬那は指摘した。
「で、いまからやってもらうのがこれです」
瀬那は木に対して高速の突きを放った。常人よりも素早い動きができる瀬那は、殴るといった動作も速さが上乗せされパワーも常人のそれを超えることができる。その衝撃で木からは葉っぱが落ちた。
「落ちてくる葉っぱを自分の腰より下に落とさないように風でコントロールしてください。力と正確さ、両方が必要なはずです」
十枚の葉がひらひらとゆっくり落ちていく中、音葉は瀬那の言う通り風を発生させ落ちないように浮かせる。
巻き上げること自体は音葉にとってむずかしいことではないが、葉っぱが四方に散らないように一定の場所でまとめつつ高さも維持するとなるとかなり苦労した。
離れようとした葉っぱに意識をしているとほかの葉っぱが落ちていき、高さを維持しようとすると力にぶれが発生しあらぬ方向へと飛んでいく。
20分ほど経ってもうまくできず、風を起こすのをやめて音葉はその場に座り込んだ。
「ちょっとだけ休憩させて」
「疲れましたか? 集中力が維持できなくなりましたか?」
「そ、そうだけど。なんだかその言い方棘がないかな」
「少し意識して言いました。今の言葉に多少たりとも思うところがあるということはまだ音葉先輩は限界に近づいてないってことです」
「どういうこと? 私はがんばってやってるつもりだよ」
「がんばりは自分を認め高めるためでもありますが、それを評価するのはいつだって他者です。どれだけ自分が苦労しても、それを見た誰かが認めてくれなければがんばりとは言えないんです」
「努力して根性出してもっと頑張れっていいたいの? 人それぞれ頑張れる限界は違うのにそれは暴論でしょ」
「かもしれませんね。でも、成長ってのは環境と本人の二つから影響を受けます。環境は思考をせずとも人を変えてくれる。良くも悪くもです。それは本人の望んだものではないこともあります。でも、本人が自分の意志で成長する時は常に望んだ自分に近づくことができます。そのためにやるべきことは今までの自分を超えるしかないんです」
何をすれば人は成長できるのか?
肉体を成長させるのは割と容易なことだ。自分の体を理解し、日常では行わない負荷をかけてあげることで嫌でも筋肉はついていき、徐々に負荷を上げて行けばさらに肉体は成長する。
しかし、ヴィジョンはそんなに単純ではない。
精神的な刺激がヴィジョンの発現と成長を促すと言われている。ただ、同時に単純なこともある。それは筋肉を成長させるように精神に負荷をかけてあげることだ。
人生は何もしないにはあまりにも長い。安定した生活を目指すことは決して悪いことではないが、目指す先があるのにも関わらず安定した生活をするのは矛盾だらけだ。
精神は外界、内界からの刺激に敏感に反応する。でも、そのどちらも安定した生活では刺激を生むことはできない。
やらなくちゃいけない。やらなければ終わってしまう。そんな背水の陣にも似た状況を意図的か偶発的か、どちらでもいいから起こさなければ成長は絶対にない。
今の音葉は人から言われたことを実行するために努力はしている。だが、限界には到達してはいない。限界に到達してないということは、努力しながらも精神は安定しているということだ。
なまじ努力をしていると思っているからこそ、それ以上のことをしなくなる。
「音葉先輩、夢はありますか?」
「あまり考えたことないけどやってみたいなって漠然と思ってることはある」
「差し支えなければ聞かせてほしいです」
「……笑わないでよね。私のお父さんは警察官だったの。私と同じで風のヴィジョンを使って住宅街のいろんな人たちを助けてた。そんな姿に憧れて私もみんなを近くで支えられるようになりたいなって」
「素敵な夢ですよ。きっとお父さんはみんなに信頼されてたんですね」
「うん。もういないけどその時にはみんな来てくれたしお父さんは本当にいろんな人を助けてきたんだって驚いたよ」
音葉の父親はすでに他界していた。
そのことを知り音葉の抱えている問題は父親との死別もあるのではないかと考えた。
瀬那にも友人が亡くなった経験がある。その時の喪失感により、今まで頑張っていたことが上手くできないようになった。何をすれば以前のように戻れるか。必死に探ったが答えは見つからない。
喪失感はあまりにも精神を蝕みすぎる。表層の記憶から消えても、ふとした拍子に深層から表にやってきて今を邪魔するのだ。
「お父さんのこと、好きでしたか」
「うん、とっても。いわゆるお父さん子だったから、中学までずっとお父さんになついてた」
「それだけの経験をして今もなお前へ進もうとする精神はとっても素晴らしいですよ」
「でも、努力が足りないんでしょ」
「かもしれません。お父さんに近づくためには、今のままでは時間がかかる」
すると、音葉は少し考えてから立ち上がった。
「練習を続ける」
「休まなくていいんですか?」
「たぶんやらないよりやったほうがいいから」
「では、続けましょう。もう一度落としますよ」
憧れた父親に近づくこと。
音葉は再度思い出したのだ。
生きていたころの父の姿と、そこに到達するまでには想像することのできない努力があったことに。
もう一度葉っぱを落とすとさっきよりも多くの葉っぱがひらひらと舞い落ちる。さすがに量が多いと思い数枚手に取ろうとしたが、音葉は一切気にせず風を起こしコントロールし始めた。
さっきと目つきや表情が違う。枚数が多いためかなり苦労をしているが余裕のなさを維持し続けつつも、自然と風の起こし方が変化していく。ただ巻き上げるだけでなく竜巻のように巻き込みながらも回転させつつさらに上昇。そのためには広範囲で発生させる必要があるが十分ほど経つとかなり上達していた。
それを見た瀬那は音葉にはだまってさらに葉っぱを落とした。それを知ってか知らずか音葉は再び風を器用に操り、自分の頭よりも高い位置でコントロールを維持して見せた。
一枚だけまったく別の方向へと飛んでいき今維持している竜巻ではカバーしきれないとわかるとその一枚へと片手をかざし二か所同時に風を発生させることに成功した。
「できましたね」
「不思議な感じ。さっきまで全然できなかったのにこんなあっさりできるようになるなんて」
「成長は徐々におこるものだと思いがちですが壁を超える時ってのは一瞬なんですよ。俺にはまだとても高い壁が立ちはだかってますけどね」
「瀬那くんの壁はなに?」
「後悔を振りきることです」
その時、突如としてボートが凄まじい速さで川を走るのが見えた。グングニルの腕章をつけたみつあみメガネの女子高校生が岸からそれを追いかけるが、どんどん突き放されていく。腕章をつけた少女は息を切らして瀬那たちの前でひざをついた。
「なにかありましたか?」
「あ……あのぉ……あのボートは許可をとってないんです。はやく捕まえないと……」
フロンティア内、もしくはフロンティア外周でボートや水上バイクを扱う場合は水上移動の許可を申請しなければならない。ボートで海へ出てしまえば本土へと行けてしまい最悪の場合脱獄犯の逃走経路として使われるため、IDの提示と許可が義務付けられている。
「水上か……。なんとかしてみせます!」
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