なんのための成長
「あいつらはもう帰ったのか」
先生に頼まれプリントを運んでから教室に戻るとすでに友人たちは帰っており教室には誰もいなかった。
少し休んでから帰ろうと思い瀬那は自身の席で休憩しつつコミュネクトをいじっていると二年の女子生徒が扉から顔を覗かせていた。
「あの、瀬那って子はもう帰ったかな?」
「瀬那なら俺ですけど」
女子生徒は安堵した表情を見せると瀬那の方へ近づき突如頭を下げた。
「えっ!? 俺なにかしましたか」
「瀬那くんの力貸してください!!」
「……えっ?」
放課後とはいえまだ明るい教室の中で瀬那は女子生徒の話を聞いた。生徒の名は二年三組の
話の内容はヴィジョンの成長についてだ。
「私の力は風を操ること。といっても局地的に風を起こすことができるの」
音葉が瀬那へと手を向けると瀬那の顔の付近だけ下から上へと風が発生し、まるで扇風機を浴びているように髪が逆立つ。
「面白い能力ですね。うちの学校では結構優秀なほうなんじゃないんですか?」
「一応DクラスだけどはD+って感じ。限りなくCに近いみたい」
「伸びしろがあるわけだ」
「でね、夏休み終わったらクラス診断あるでしょ。それまでにCクラスにしなさいってお母さんから言われて……」
「それはまた無茶なことを。クラスってそんな簡単に上がるわけじゃないし、別に上げたところでイージスとかに入らなきゃそこまでメリットもない気が」
音葉の悩みとは、理解のない母親からの圧力と自身のヴィジョンに伸びしろを感じられないという二点だ。ヴィジョン分析により、その人物に今後成長の可能性があるかどうかはざっくりと診断することができる。
しかし、伸びしろが低くても鍛錬を重ね成長する者もいれば伸びしろあっても怠けていれば成長しないこともある。
ヴィジョンにはあまりにも不確定要素が多い。
そもそも、診断そのものが適正なのかどうかもわかったものじゃない。
「ここ二か月くらい本気で練習してるのにまったくもって成長する気配がないの」
「ヴィジョンの成長は状況に大きく左右されると聞いたことがあります。極限状態であればあるほど成長を遂げる。だからグングニルには優秀なヴィジョン使い多いらしいですよ」
「私もグングニル入ろうか迷ったけどお母さんがだめって。そんな危険なとこ許さないって言われちゃって」
グングニルは学生による治安維持組織。中学生から大学生が主なメンバーだ。その中でも犯人を捕獲することのできるメンバーはBクラス以上でなければならない。
だが、巡回や調査などはヴィジョンのクラスに関係なく、知識と対応力があれば入ることが可能だ。可憐のように簡単に炎を出し鎮圧できるほう人間のほうが限られている。
グングニルの基本的な行動は自分たちが過ごす街の治安維持となるが、有事の際には都市防衛組織イージスと共同作戦をすることもある。犯罪者や犯罪者予備軍、不良や反発するグループに対し時に力で、時に言葉で対応するため自他ともに認める優秀な生徒以外は入ろうとしないのが現実だ。
そもそもフロンティアは本土に比べれば治安は良い方ではない。最先端の科学と豊富な支援があるとはいえ、それを受けられるのは学習や成長にたいして真面目に取り組み成果を出すからこそ。その枠から外れたものたちは集まって犯罪グループになるこもしばしば。
「Cクラスになるためには何が目安になります? 俺は速く走ったりできますけどそれで例えるなスピード上がるとかみたいな感じで」
「風力が強くなったり範囲が広がればきっとC判定にはなると思う。でも、D+になってからもう二年経つしこの辺が私の限界かもしれない」
話しているうちに瀬那はあることに気づいた。それは音葉の抱えている問題が圧力や不安だけでなく知らないうちに自らが課している限界であることだ。
人の成長は決してがんばればすぐに結果が出るという者ではない。非情ではあるがどうあがいても高い壁が立ちふさがる。
格闘技やスポーツの世界では、負けたり記録を抜かれたりすることは珍しいことではない。
死に物狂いで出した結果が、一夜にして塗り替えられ、もう一度記録を叩きだすには再び死に物狂いで練習するしか方法はない。
それでも、生まれつきの肉体の才能や人種的な肉体の違い。練習環境などが多分に影響し、努力だけでは超えられない壁が確実にある。
しかし、超えられない理由は肉体的ハンデだけでなく、失望したことによる精神部分も大きい。自分の限界を超えた先に更なる限界が現れ立ち止まるか。もう一度立ち上がりまた限界を超えようと励むか。精神の向き方によって成長は大きく変化する。
「河川敷のほうへ行ってみましょうか」
「何するの?」
「練習ですよ」
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