炎の少女が救われた日 2

 怪我の痛みが徐々に強くなる。立っているだけでも痛みを発し、激しく動けば思考が鈍るほどに邪魔をしてくる。


 仲間はまだ駆け付けない。これは可憐の優秀さが原因だ。

 

「あの人にまかせればいいでしょ」

「私たちの出番なんてないわ」

「ぜーんぶ一人でやっちゃうんだもん」

「チームプレーも考えてよ」


 そんな言葉を何度もかけられた。二度、大きな事件を一人で止めたことから、可憐のグングニルでの立場は高校一年生でありながら戦闘においてはトップクラス。下手な上級生よりも可憐を呼べば片付けられるといわれるほどに。


 しかし、それゆえに期待も重くのしかかり、より高みを目指すことで精いっぱいだった。


 可憐の姉の梨花りかも同じくグングニルで、現在は指揮をとる立場にある。氷のヴィジョン所持者で、氷の盾で被害を防ぎ相手の動きを瞬時に止めて鎮圧する戦法を行う。やろうと思えばエリア規模で氷の空間を作り出すことも出来る。


 攻めも守りも卓越した梨花は戦いのスペシャリストと呼ばれていた。だが、とある事件をきっかけにヴィジョンシンドロームとなってしまいしまい、ヴィジョンの発動が困難かつ発動しても体に反動が発生してしまうようになり、その体で無理をした結果、現在は車いす生活となってしまった。


 ヴィジョンシンドロームはヴィジョンを過剰に使用しすぎた状態で、さらにヴィジョンを使用し肉体と精神に負荷をかけるとなってしまう状態だ。

 完璧な治療方法も、細かい発生条件もいまだわかってはいない。なにせ、梨花以外にこのような状態になったことがないのだ。


 そんな状態でも前線を退いた後、勉強を重ね敵の行動を予測し作戦を立て指揮をとる側へと回り、グングニルメンバーをサポートしている。


 そんな梨花の妹なのだから、グングニルに入ったからには周りの期待は上がらないわけもなく。可憐を見る人は常に姉の姿も同時に重ねて見ていた。


 姉のように気高く戦うことは夢であるが、それと同時に姉のおこぼれではなく、一人の人間として見てほしいという気持ちも強まり、空回り、チームプレーをおろそかにしていた。


「わ、私は……まだ戦える……」


 戦況はどんどん不利になる一方だった。

 素直に救援を呼べばいい。

 そんなのはわかっている。しかし、プライドがそうさせてくれなかった。高校生で戦いをしているとはいえまだまだ精神は未熟だ。でも、周りはそう思わない。自分で積み上げたハードルが危機的状況になってさらに高いものへとなってしまった。

 

 まだ、体は動く。ならば戦える。炎を噴射しようとするがまったく力を出すことができなかった。


「ど、どうして……」

「ほぉ~、珍しいこともあるもんだな。ヴィジョン所持者は特殊な脳波で力を発揮しているといわれるが、実のところ精神も大きく影響しているという話もある。それが事実なら、お前もう、戦う意思がなくなってないか?」 


 可憐には重大なトラウマがあった。

 それは雨の日に起きた出来事。

 小学五年生の夏休み、東京の祖父母の家で一週間ほど滞在していた時、薬物を使用し狂乱状態であった男が家に火をつけた。


 それも何件もの家に油をまいた上での犯行。祖父母の家を含め周囲の家も大きな火事となり苦しむ声がこだました。


 祖父母のおかげでなんとか外へ出られた可憐であったが、振り返ると玄関が崩れ自分だけが生き残った。


 雨が降り出し炎の沈下は想定より早く終わったものの、家の中にいた人間は生き残っているわけもなく祖父母は亡くなった。可憐のヴィジョンはこの時のトラウマが原因でさらに開花した。


 その時から、すでに姉はヴィジョンを使いフロンティアで活動していた。そんな姿にあこがれと嫉妬をしていた。もし、自分が氷を使えれば火を消せたかもしれない。壁を壊して外に出れたかもしれない。玄関が崩れるのを止められたかもしれない。後悔の日々が続いた。


 その後、小さなボヤ騒ぎがあった時、可憐は率先して火を消しに行った。火は怖い。だけど、恐れていてはなにもできない。火に恐れず立ち向かうことで恐怖心に打ち勝ちヴィジョンは成長し、炎を操るヴィジョンから炎を生み出し、操り、吸収できるようになったのだ。


 だが、もう過去の出来事として忘れたはずのトラウマが、勝てない自分の弱さを認識し可憐を襲った。


「こんなときに思い出すなんて……いつまでもたっても私は……」

「後悔とか嘆きは他所でやりな。戦う気がないなら引っ込んでろ」


 男は銃から球体を射出し可憐に着弾するよりも前に爆発させた。爆発そのもので大きなダメージはなかったが、爆風により体を飛ばされてしまい炎がなければ安全な着地は困難であった。炎が使えない可憐は爆風に身をゆだね目を瞑った。

 体に触れたのは冷たく硬いアスファルトではなく、優しく受け止める人のぬくもり。


「――一人でよくがんばったな。あとはまかせろ」


 目を開けるとそこには見たことのない男子高校生の姿。


 グングニルの腕章をつけてなければイージスのバッチもつけていない。なのに助けてくれた。疑念を抱かずにいられなかった。


「あなたなんなの。私にを助けてどうするつもり?」

「別に、ただ人助けしようとしただけさ。怪我してんだからじっとしとけって」

「なによ。ヒーロー気取り?」

「ヒーロー気取りか……。かもしれない。でも、俺はヒーローほど優しくない」


 これが可夢偉瀬那と恋時可憐が初めて会った瞬間。可憐も噂には聞いていた。四月ごろから疾風のごとく現れ人助けをし姿を消すなぞの高校生がいると。


「また新しいのが出やがったか」

「直にほかのグングニルも来るだろうけどその前に終わらせる」

「偉く威勢がいいな」

「だってお前の倒し方がわかったからな」

「この俺を? お前がぁ? 笑わせるなよ」


 男は銃を二連射、瀬那は簡単に避けると可憐のさらに後ろの方で球体は爆発。爆風が周囲に広がる中、瀬那は得意げに男を挑発。男は挑発と理解しつつもあえて乗って攻撃をした。その時、瀬那は一気に球へと距離を詰めギリギリで回避。すると、球は瀬那と可憐の間で爆発。


「やっぱりな。お前、人を傷つけても殺す気ないだろう」

「何をいってやがる。俺はすでにトラックを爆破してんだぞ」

「正確にはトラックの荷台だ。爆破の場所やエネルギーをしっかり計算して放ってる。だから、どのトラック運転手も大したケガはなく脱出できた。もし最初からエンジンを狙ってたらこうはいかなかっただろう。お前は犯罪を生業にしているような風にしてるが実のところ殺すことはしない」


 実際に瀬那の想像通り死者は一人も出ていなかった。怪我人は可憐を除けばほとんどかすり傷程度のもので、可憐でさえも命に別状はなかった。爆発という見た目の派手さで演出されていたが、実際は的確に対象だけを狙い必要以上の被害を出さない戦い方をしていたのだ。


「でだ、この距離ならまだお前の射程範囲だよな。だって、球はあの子の向こう側まで飛ぶんだから。でも、爆発の範囲内にお前を捉えるとどうなる?」


 瞬時に男へと近づき銃口を自身の胸へと当てて見せた。


「これでも撃てるか? 二人とも消し飛ぶぞ」

「ちっ……てめぇ正気かよ!」

「正気だからここまで近づけた。爆発でお前の髪が乱れているのをみて気づいたんだ。爆発の攻撃を無効にできるような能力、いやヴィジョンじゃないってな。では、ここで問題です。ここは誰の距離でしょうか!」


 男は嫌な気配を感じ取った。


「正解は俺の距離だ!!!!」


 凄まじい速さのラッシュが男を襲う。次々と迫る攻撃を食らい最後の強烈な一撃で男は吹き飛んだ。冷たいアスファルトへと衝突し満身創痍。瀬那の完全勝利だった。


 周囲の人々は瀬那の活躍により喜ぶと同時にグングニルに対し不信感を抱いた。


「あのざまだなんてグングニルって大丈夫なのかしら」

「Aクラスとか言ってたよな。なのにあれだぜ」

「やっぱ武器もあるし大人もいるイージスがいいんじゃない?」


 救われた者は勝手だ。自分たちは何もしていないのに終わった出来事に感想だけ叩きつけ去っていく。自分が発した言葉の責任を一切取らずに雲隠れするのだ。そんな冷たい言葉を聞き、可憐は悔しさで心が苦しかった。自分の行動が個人だけでなく組織の信用を落とすことになってしまった。


 すると、瀬那は大きな声言う。


「俺はヒーローでもなければグングニルでもイージスでも警察でもないから言わせてもらう。この子の頑張りに文句垂れるのなら、俺が相手してやる。怪我もなくそこに立っていられるのは誰のおかげか考えてみろよ」


 雲の切れ間から太陽の明かりが差した。

 まるでスポットライトのように瀬那を照らす。

 瀬那は可憐のほうへ振り返り言った。 


「仲間を信じて頼るのも強さだと俺は思う」

「でも、素直になれない……。友達も救えなかった。こんな私なんて」

「なら、いつでも俺が駆けつけてやる。つっても、君は強いから俺の助けなんていらないだろうけどな」


 そういうと瀬那は高速移動で姿を消した。


「……ばかっ。もう、助けられたわよ」

 

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