炎の少女が救われた日 1

 これは瀬那が紗江や音葉の頼みを聞く前の話。梅雨の時期で天候は不安定。湿度も高くうんざりとするような日々が続いていた。


 教室の中には窓越しのくぐもった雨音と荒巻の声だけが聞こえる。


「今日も雨かな……」

「瀬那くん! ちゃんと話を聞いていますか!」

「あ、はい!」

「ではさっきのところ繰り返してください」

「えっと……」

「ほら、聞いていないじゃないですか。しっかりしてくださいね」


 雨で走れない時期はぼーっとしてしまう瀬那。こんな風に怒らてしまうことも珍しくはない。その度にクラスの友人が笑い、昼ご飯の時間にチクチクといじってくるのだ。


「またぼーっとしとったんか。お前さんには男心をくすぐるあの荒巻先生の魅力がわからんのかい」


 まるで爺さんのような口調なのが坂田さかた源氏《げんじ》。ヴィジョンの発現により田舎かからはるばるやってきた。白髪のツンツン頭でいつも女子生徒を目でおっかけている。


「僕も理解不能かも。あれだけ美人な先生だったらむしろくぎ付けになってもおかしくないよね」


 こっちの柔らかい口調の少年は真白ましろみなと。年上好きでありたまに好みに合った女性とデートをしている。入学してから短期間ですでに二度告白されているが高校生には興味がないということですべて断っている。


「そう言われたってな。いろいろ考え事してたんだ」

「はいはい、また出たないつもの考え事。お前さん、人助けは良いけど人生において青春はこの期間だけなんじゃ。もっと楽しまにゃダメじゃろう」

「わかってるけど。俺には俺のやることがさ」

「ワシにはわからんな~。青春っちゅうのは大変すばらしいものじゃ。


 源氏はポンッと手を叩きなにか思い付いたように言った。

  

「そうじゃ! グングニルに入ったらいいじゃろ。確かあそこは学生による治安維持組織じゃろう」

「ねぇ、源氏。そんなことしたら遊べなくなっちゃうよ。パトロールとかもよくやってるし事件が起きた時近場にいると急に呼ばれることもあるみたいだしさ」

「ならだめじゃな」

「元々入るつもりはないって」

「どうして? その方がこの都市ではヴィジョンが使いやすいでしょ」

「組織に属するってのはその組織に管理されてるっことだ。大事な人が危険な時にすぐ駆け付けてあげたいんだ」


 すると、源氏は歓喜し強く瀬那の背中を叩いた。


「お前さんはいいやつじゃなぁ~! ワシらのことをそんな風に見てくれとんのか」

「はぁ?」

「恥ずかしがらんでもええ。ワシらも瀬那のこと守っちゃるからな」

 

 力強く瀬那を抱き締める源氏をみながら湊は苦笑いを浮かべた。


「あはは……。たぶん解釈間違えてると思うよ」


 放課後、源氏と湊と別れると、瀬那はコミュネクトの調子が悪かったため繁華街の端末ショップで見てもらっていた。一時間ほどかかるということで、ゲームショップや本屋に立ち寄りつつ時間をつぶしている。


「これ新刊出てたのか。あ、でもいまはお金少ないし買えないや」


 現在絶賛金欠中で修理代もあるため泣く泣く店を出ると、外は小雨が降っていた。帰るまでギリギリもつかと楽観的に考えていた瀬那は、折り畳み傘すらもっておらず走ってショップへと戻っていこうしていた時、事は起きた。


 大型のアメリカンバイクで爆走するとライダースジャケットにサングラスをかけている男は、トラックに爆発物を投げ場を混乱の渦に巻き込んでいた。


「そこのあんた、止まりなさい!」


 バイクの前に出て静止させたのは優秀な生徒たちが集まる女子高の生徒であり、治安維持組織グングニルの恋時可憐だった。この都市にいる人たちの多くはその存在を認知しており、ヴィジョンの中でも上位のAクラスに位置する。


「炎の女か。厄介なやつが来たがまぁ想定通り」

「この私を目の前にしてずいぶん余裕そうね。悪いこと言わないからけがする前に負けを認めた方がいいわ」

「グングニルだとかイージスだとか片腹痛い。結局は強いヴィジョンを集めてフロンティアを支配をしているに過ぎないだろう」

「あんたみたいなのがいなければ私たちもいらないわ。あんたのような存在が私たちを存在させているって気づきなさいよ」

「ふん。世の中すべて思想のぶつかり合いだ。そこに模範的な常識を作り、それを秩序と呼び守らせる奴は消えねぇ。俺は真の自由を獲得するためにてめぇらと出資している企業をつぶす」


 緊張の流れる繁華街、人々はその様子をみつめていた。瀬那もその中の一人である。雨は激しくなる一方で留まるところを知らない。そのおかげか爆破されたあとは早く鎮火される、が逆にこの状況は可憐にとってあまり良い状態とは言えなかった。


「まっ、道路で話するのもなんだからよ。とりあえずこれでもくらっておとなしくしてくれや」


 バイクの先端からは筒状の黒いパイプのようなものが現れ球体を射出した。可憐の五メートルほど前でそれは爆発し衝撃は周囲へと広がる。轟音鳴り響く中、爆破をもろともせず炎を放出し可憐は立っていた。


「勢いを殺したか」

「で、次はどうするの? 爆破は通用しないけど」

「まぁ、焦るな。若い奴はすぐに結果を求める」

「あんたと仲良くするつもりはない。さっさと終わらせるわ」


 炎を噴射し一気に男へと近づく可憐。Aクラスのヴィジョンを前にすればほとんどのものが逃げるが、この男は物応じせずさらに爆弾を射出し可憐を執拗に狙った。アクセルをふかし一気に近づくかと思えばバイクだけを可憐へと走らせた。


 遠距離攻撃をするものは近距離では成す術がないというセオリーに基づき、可憐は接近を試みたがこの行動が裏目に出てしまう。バイクが近づきギリギリで避ける。

 しかし、バイクにも爆弾が備え付けられており、可憐の後方へ通りすぎてから強烈な爆発が襲う。タイヤが転がり近距離での爆発ということもあって周囲は混乱の渦となりはじめていた。


「……派手にやるじゃない」


 ギリギリではあったが爆風の勢いと炎の噴射で飛んでダメージを軽減したが、無傷とはいかなかった。手には爆発で飛んだ破片とやけどがある。雨の水で冷やすことはできるが戦いになれば炎を使わなければならない。


 周囲の人々を危険に晒さないため、なるべく接近戦に持ち込み対象を絞らなければいけないが、傷の痛みが思ったよりも強く即座に鎮圧できる状況ではない。


「グングニルのAクラスといってもたかが高校生。おつむはまだ子どもだな。この程度なのもうなずける」


 男はバイクを爆破する前にすでに装備していた銃を取り肩に担いでいる。お手製なのかイージスの武器や裏ルートで手に入れられる物とは見た目が違い砲身も大きく広がっている。


「あんた、顔がばれてしまうというのになんでこうも堂々としてられるの」

「顔なんて変えてしまえばいい。下手に自分に愛着がわくからみんな甘くなる。自分を制御するためには一定でないことだ。変化を恐れた者たちには到底理解ができんだろうがな」


 フロンティアはあらゆるものが最先端。それは整形も例外ではない。フロンティアのID提示が必須ではあるが裏組織ともなれば偽造も簡単にやってのける。男は自身の思想を主張しながら幾度となく顔を変えていた。


「闘争も逃走も全部同じだ! リセットできるんだぜ!」

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