荒れ狂う炎の少女 4
詠歌たちがいた研究所のエリアは以前フロンティアの管理している土地であった。しかし、そんな場所で非合法な研究をしていたことを黙認していたフロンティアが、現在では土地の所有権を放棄し管理者がいない。誰もあそこへ立ち寄ろうとはしなかった。
詠歌たちが過ごした時間はフロンティアのこれまでの歴史と、これから紡ぐ歴史からすれば些細なことだが、たまたまこの瞬間に誰も管理していなかったことが詠歌たちのよりどころになり、未来へ進むきっかけにもなった。
明々とした月が照らす中、街へ戻る途中詠歌は可憐に尋ねた。
「ねぇ、なんでここにいるってわかったの?」
「あまり堂々と言えることじゃないけどさ。グングニルのデータベースからいろいろ探ってて、電気のヴィジョン所持者の情報を集めてた。個人のSNSも含めてグングニル検索システムでかなり細かく」
「それって合法なの?」
「いや、バレたらやばい……」
「じゃあ、可憐も私と同じで不良ってわけだ」
「もうっ、調子に乗らないでよ」
詠歌たちは集まってそれぞれの成長を行っていた。
だが、生きるために悪いこともしてしまった。
それはいずれ償わなければならない。
「未熟だったよ。周りからいじめられたのはつらいし本当に嫌なことの連続だった。でも、私はただ仲間が、友達がほしかっただけなんだなって気づかされた。たぶんだけどあの子たちも同じ。私も頑張るからあの子たちのことも見捨てないでね」
「うん、私のできることは何でもするよ。それにこいつもいるしね」
「えっ、俺も!?」
「勝手に首突っ込んできてさよならなわけないでしょ。関わったんだからあんたも手伝いなさい」
「へ~い……」
研究所を囲む森から出る前に詠歌は少しうつむいて考えていた。
「詠歌どうしたの?」
「……一応言っておかないといけないよね」
「どういうこと」
「さっき私が見せたファイルの中身」
詠歌が先ほどの施設で可憐に見せていたファイルは、可憐の炎で完全に消滅し中身を確認することはできなかった。しかし、多少ではあるが詠歌はその中身を見ており内容を伝える必要があると判断した。
「あれはこのフロンティアの闇の部分で、光の部分でもある。仮に、ヴィジョン所持者の力を一人の人間に集約出来たらどうなると思う?」
「その対象になった人物次第でなんでもできる。もし、誰かがコントロールできるなら兵器として扱うことだって」
「そう。それがあたりまえの回答でおそらくそれが正解。でも、あのファイルにはおかしな文言があった。『未知なる脅威への対抗手段』『新たなる次元への挑戦』って」
「未知なる脅威、新たなる次元……。そんな風に言うってことは今まで起きた戦争とかとはまた違うものってことよね。次元のことはまったく見当がつかないわ」
「詳しいことはわからない。あれには難しい専門用語がたくさんで、ほとんど何書いてあるか読み取れなかったし、計画の概要が主な内容だった。おそらく計画は凍結されてるけど、一応可憐には伝えておくべきかなって」
すべてのヴィジョンを使える人間を創造することで、何をしようとしていたかなど実際のところはわからない。しかし、少なくとも対人間、対軍隊、対国家に対しての運用が計画されていたことはファイルによって証明されている。その上、未知なる脅威というにわかに信じがたいものまでにも信ぴょう性が増しこれをどう捉えていいか可憐にはわからなかった。
そんな中、瀬那は何食わぬ顔で言った。
「別に今の俺らが気にすることないさ」
「あんたは楽観的ね。何が起きるかわからないのよ」
「そんなこといったら地球の裏側では今もなお貧困に苦しむ人たちがいる。でも、裕福な国で暮らしている俺らはそんな人たちのことをニュースで見た時にしか気にしない。結局、目の前に見えているものにしか俺らは触れられない」
「それはあまりにも無責任よ」
「だから探し続けるんだ。目の前の現実から目を背けずに、巨大なことばかりにかまけず、小さなことから大きなことまで全てできる範囲でやっていく。いずれそれは繋がり連鎖し大きな力となる。今はこれでいいんだ」
かつて世界を巻き込む戦争が起きた時も、人は皆巨大な悪や恐怖を見つけそれをつぶすことだけを考えるようになってしまった。その結果、過剰な防衛と反応を繰り返し大きな事件へと発展する。
人類の歴史には魔女狩りや宗教弾圧、差別など数々の過ちを犯してきた。しかし、それが過ちとして共通認識になったのは物事が起きた何年も後だ。人は間違っている時にその間違いを直視できない。
だからこそ、瀬那は前へ進み続けることを己の流儀として常に大切にしている。過去を清算するにしても、今を変えるにしても、未来に託すにしても、それはすべて前へ進むという行動がなければ成しえることはできない。
「かつて止まっていた可憐は詠歌によって前へ進むことができた。詠歌も前へ進んだがその先に希望を感じることができなかった。そして、立ち止まったところに可憐が現れ手を差し伸べた。新しい仲間たちと共に前へ進めたんだ。今はそれ以上のことは考えなくていいだろう」
「はぁ……あんたってやつは。たまにはまともなこというじゃない」
「たまにはは余計だ」
その後、詠歌たちは一度チャイルドホームに戻り事のいきさつを話し謝罪した。可憐の提案により、研究所での戦いや見た物は隠すことになったが、フロンティアに隠れようと思えば隠れられる場所は多いためどこにいたかなどそこまで追求されなかった。
詠歌を除く九名はこれから学校に復帰し、支援金を受けるまでの間はチャイルドホームで過ごし、その後は可憐の姉である梨花の知り合いで不動産王の娘、
詠歌は元々学校に通っていなかったため、これから可憐が対応していく。住む場所も可憐が探すことにした。可憐が何をしようとしているか詠歌はわからなかったが、今は可憐に任せ自分はできることに集中しようと意思を新たにする。
◆
瀬那が学校から帰ろうとしていると、待ち伏せしていた可憐が校門の前に立っていた。瀬那は気づいていたが厄介ごとに巻き込まれたくないと思い、気づかないふりをして通り過ぎようとするとがっちり肩を掴まれる。
「無視すんな!」
「いや、だってまたこの前みたいなことあったらめんどいなと」
「人助けやってるくせによく言うよ。てか、自分で首突っ込んだんでしょ」
「で、今日はどうした?」
「この前の件がいろいろと落ち着いたから一応教えておこうと思って」
「そんなんだったらメッセージでいいのに」
「あんたの連絡先になんて知らないわよ!」
「じゃあ、交換するか」
「えっ」
唐突な連絡先の交換に可憐は意表を突かれ戸惑うが、瀬那はコミュネクトを出し何食わぬ顔で可憐が画面を出すのを待っていた。
「もうあんたってやつはこっちの気も知らないでいつも勝手なんだから!」
瀬那の持っているコミュネクトを取ると自身の連絡先を登録し瀬那へと押し付けた。
「大したことない用事で連絡しないでよっ。私は忙しいんだから!」
「わかってるって。……っておい! 話はいいのかよ」
「知らない!」
速足で帰っていく可憐の内心には連絡交換したことの興奮と素直になれない自分への悔しさで混乱していた。
「ま、いっか」
そして、瀬那は特にそんなことも知らずにいつも通りに寮へと帰っていった。
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