ここは未来都市フロンティア

 もし、自分にすごい力があったなら。

 もし、なんでもをできるなら。

 もし、欲望のまま過ごせるなら。


 良し悪しは関係なく、誰もが一度は自分に秘められた力があったらなと、考えたことがあると思う。


 辛いことを経験しているならば、すごい力を持った人が目の前に現れることを望んだこともあるかもしれない。


 だが、そんなスーパーパワーを持ったものはいなかった。


 ――今までは……。


「あっちにいったぞ!!」

「くそがっ。逃げ足の速いやつめ」

「見つけたらただじゃ置かねぇ」


 路地裏のごみ箱の中に隠れ潜み、事態が収まるのを待っている少年の名は可夢偉かむい瀬那せな


 吐き気を催すほどの異臭の中、息を殺すこの少年にはスーパーパワーがあった。いや、この少年だけではない。この都市には多くの人たちがスーパーパワー、もしくは特殊な力をもっていた。


 不良たちの声が聞こえなくなると瀬那は、ゆっくりとゴミ箱の蓋を開けて、周りを確認し外へ出る。手には猫を抱えており、ゴミ箱から出るとそっと地面においた。


「もうあんなとこに行くんじゃないぞ。その首輪は飼い主の下にもどるって証なんだからきっと心配してる。つってもわかんねぇか」


 猫は首を傾げ大きなあくびをするとどこかへと去っていた。


 すると、瀬那に向かって誰かが声をかけた。


「あんた、まだそんなことやってんのね」


 振り向くとそこには、瀬那にとっては見慣れた赤髪ツインテールの少女が立っている。制服の腕に腕章がついており、英語で組織名が書かれている。


 少女の名は恋時こいとき可憐かれん。名門女子高校に通う女子高生。あることをきっかけに瀬那と出会い度々でくわすことになる。


「さっさとGUNGNIRグングニルあたりに入ればいいのにさ。なんで隠れてヒーローごっこなんかするかなぁ」

「俺は可憐みたいになんでもは無理さ。手の届く範囲だけでいい。目の前にある危機を救うだけで十分」

「足の速さが売りなんだからちゃんとしたとこ入れって言ってんの。あんたの力があればもっと多くに人だって救えるのよ」

「そんなこといいにわざわざ来たのか? だったら俺は帰るぞ」


 そういうと瀬那は可憐の横を素早く駆け抜け去っていく。まだ話途中だったのにも関わらず、勝手にいなくなった瀬那へ苛立ちを露わにしつつぼそっとつぶやいた。


「……ばかっ」



 ここは未来都市フロンティア。

 日本の太平洋側に作られた人工の島に建てられた都市であり、最先端の科学力と能力を秘めた子どもたちがいることが特徴だ。


 かつて起きた世界大戦により日本やアメリカは、長時間の戦闘や集中力を安全に発揮できる超戦士の研究を行い実験場として、日本太平洋側海上に研究施設を作った。


 結局、超戦士の完成には至らなかった。しかし、驚異的な規模と破壊が行われたこの戦争を生き抜いた人々の中に、しかも民間人の少年少女が不思議な力に覚醒した。


 これを人類の新たな進化と呼ぶ者もいる。

 

 不思議な力は常人とは異なる特殊な脳波により、本来あり得るはずのない数々の能力が各々使うことができた。


 これのことをヴィジョンと呼び、超戦士の研究をしていた場所はヴィジョン研究の場となったのだ。


 しかし、倫理的に問題のある実験が数々行われた結果、後に研究所は解体される。


 残った人工島をどうするかという話になり、将来的にヴィジョン所持者とヴィジョンを持たぬ者の対立を防ぐため、アメリカの援助、後に各国の支援もあり、日本は最先端の科学力と人類の研究を進めるために未来都市フロンティアを建造。



 ここにヴィジョン所持者を集め、社会と調和していくための第一歩とした。


 ヴィジョン所持者の力は個人個人で大きく違い、強力なヴィジョン所持者は軍の特殊部隊一つと同等程度とさえ言われている。


 未来都市フロンティアは、ヴィジョン能力と優秀な人材のおかげで最先端の科学を有する都市となったが、目的はもう一つある。


 国家間の戦争ではなく、いずれ起きるであろうまだ見ぬ脅威への対策、それは地球の中でか、それとも宇宙からか。



 ごく普通の雰囲気の高校で女性教師の声が淡々と話している。


 瀬那はポケットの携帯端末コミュネクトが震えたため、なんだと思い見てみる。ただのニュース記事の通知であり、内容は透視能力のヴィジョン所持者が何者かによって殺害されたという物騒なものだ。


「この特殊な脳波を出す人のことをヴィジョンと呼び」

「物騒だな……」

「瀬那くん! ちゃんと話を聞いていますか?」

「あ、はい」

「じゃあ、今言ったことを繰り返してください」

「えっ……」

「ほら、答えられない。しっかり授業を聞いておいてくださいね」


 教師の荒巻あらまき音乃ねねはメガネをかけたTHE女教師と言えるような風貌をしている。スタイル抜群性格も温厚かつ真面目で理解力のある女性だ。

 

 瀬那は不良と言うわけではないが時折、上の空で外を眺めたりと話を聞いていないことはめずらしくない。


 ホームルームが終わり、瀬那が帰宅の準備をしていると、隣のクラスの道上みちがみ紗江さえがやってきて瀬那に声をかけた。


「君が瀬那くんだよね?」

「そうだけど」

「あの、人助けをしてるって噂聞いたんだけど」

「まぁ、ちょっとだけ」

「その、できれば助けてほしいの……」


 道上紗江のことは周りの話で知っていた。中学までバスケをやっていて全国大会で一位になり、中学のトッププレイヤーともまで言われた人物。山吹色の髪と元気な振る舞いが特徴的なのに今日の紗江は不安げな表情を浮かべていた。


 何かがあるのだろうと察し瀬那は頼みごとを聞くことにした。


「場所移そうか」


 向かった先は学生通り。


 ここには中学、高校、大学の生徒たちが放課後や休みの日に集まり賑わう場所。全店舗学割が適用され、通常価格よりも少し安く物が買えたり飲食ができる。


 行きつけの静かな喫茶店で紗江の話を聞くことした。


「私、妹がいてさ。まだヴィジョンの発現はしてないんだけど最近なんだかヴィジョンに目覚めたらしくて、電気を出すことができるみたいで心配なの」

「使えるようになったことはいいことなんじゃないか? 特にフロンティアではそのほうがいいだろう」

「でも、うちの家系に電気なんて素質はなかったの。お父さんは自分の視界に関することでお母さんは人の視界に関すること」

「ここ最近壮絶な体験をしたとかは?」

「たぶんないと思う。少なくとも見えている範囲ではない」


 紗江は自分のグラスに触れると、瀬那に掴むように言った。とりあえず掴んでみようとしたが、取っ手に触れられず何度か触れようとするとようやく掴むことができた。


「なんだこれ。うまくつかめなかったけど」

「これが私のヴィジョン、視界の錯誤。触れた物質の遠近感や位置をおかしくできる。触れることでヴィジョンを発動できるの。触れた物質をはっきり見えなくするとか、触れた相手の視界を悪くするとか、その辺はコントロールできる。持続時間は三十秒程度だけどね」

「電気とは全く関係ないな」


 このフロンティアに住んでいる人たちは様々な能力、ヴィジョンをもっている。


 その強さや範囲の広さ、影響力からクラスで分けられており、Sクラスがトップで一人でも武装した特殊部隊を壊滅させたりできる力をもっている。


 Dクラスは何かしらの能力は使えるが差ほど影響がないレベル。Eクラスは能力がないに等しい者たちだ。


 ヴィジョンは精神的発現と遺伝的発現に二種類があると言われている。前者はトラウマや欲望、憧れなどによってヴィジョンを発現するタイプ。


 後者はごく一般的は家庭に育ち、いわゆる普通の生活をしていた人が発現するタイプ。あくまで条件であって絶対に発現するわけではない。


 フロンティアでは派手で過激なSクラス、Aクラスのヴィジョンばかりが目立つ。グングニルにヴィジョンの力で入るならBクラスが必要になる。


 しかし、ほとんどの人たちはBクラスよりも下で、多くはDかE。日常生活をちょっとだけ便利にできる能力や、ほとんど影響がない能力を持っている人が大半を占めている。


 ただ、何がきっかけでクラスが上がるかわからないため、このフロンティアという場所に事実上、ヴィジョンを持たない人たちとすみ分けをしている。とは言え、フロンティアにもヴィジョンを持たない人は多く住んでいる。


 今回のケース、紗江の妹の沙菜はこれといって大きく精神に刺激を受けるきっかけはなかった。


 そのため、もしヴィジョンを発現するならば遺伝である可能性が高い。


 ここでいう精神への刺激は、語弊を恐れず言うのなら、ただの憧れによる興奮や、いじめで辛い思いをしたからとか、そんな単純な話ではない。もっと急激なものだ。 


 遺伝的発現の場合、紗江ならば視界錯誤が広範囲になったり持続時間が延びることはあっても、電気を使えるようになることはないと言ってもいい。


「それでね。いままで帰りが早かったのにここ最近ずっと夜になってから帰ってきて心配なの。なんだかお小遣いの使い方も荒くなったみたいで」

「まとめると、妹が本来ないはずの能力に目覚めたのが夜遅く帰ることに関係あるかもしれないから調べてほしいってことだな」

「できるかな?」

「できるけど、その……報酬というのもなんだけどさ――」


 報酬を条件として紗江の妹である沙菜の動向を調査することにした。

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