第37話 ミライの"友達の話"

「こうしてその子は自分がパンロマでポリアモリーなことを自覚し、自分のセクシュアリティを肯定的に考えられるようになりました。それからは、そのお友達に熱烈アタックしまくって、無事卒業までにパートナーシップを結べましたとさ。おしまい」


 こうしてミライの"友達の話"は終わった。




「こんなに一気にいっぱい話したの久しぶりでのどかわいちゃった!」


 そう言って、ミライは飲みかけだった烏龍茶をガッとあおった。


「お疲れミライー!」


 ハルがそう言うと、2人はハイタッチを交わす。話し終わったやつは気楽だなと思いつつ、これは後になればなるほど緊張するのではないかと気づく。次がちょうど真ん中の折り返し地点。最も人の記憶に残らない順番なのではないだろうか。授業のグループ発表などでもそうだが、最初と最後は注目される。だからこそ真ん中のみんなが飽きてきたあたりがねらい目だ。絶対に次を狙う。そう意気込んでいたら、ふいにミライから話しかけられる。


「ユウはどう思った?」


「へ?」


 自分の番のことを考えていたので変な声が出てしまう。すると、ミライがぷくっと頬を膨らませる。


「まさか聞いてなかったりしないよね?」


 流石にそんな汚名を着せられては答えざるを得ない。


「まさか! ちゃんと聞いてたよ。この中の誰よりも俺が興味があるのはミライなんだから」


 しかし、ミライはジトッとした目で俺を品定めする。


「じゃあ感想を200文字以内で述べよ!」


 そして突然の課題発表。


「えー? そうだなぁ。あー俺はジェンダーとかセクシュアリティの知識が豊富なミライしか知らなかったから、ミライが自分のセクシュアリティに悩んで苦しんでたことがあるってのに驚いたかなぁ。いや、そりゃあよく考えれば当たり前なんだけど、なんていうか、ミライはつらいことがあっても持ち前の明るさで乗り越えられるんだと思ってた。でもそうじゃないことだってあるよなぁ、とか」


 俺がつらつらとそう言うと、マヨが応じる。


「呑気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする」


「何それ?」


「夏目漱石。『吾輩は猫である』の一説よ」


 いつものように淡々と教えてくれた。そうだ。悩みのない人間なんてきっと本当にごく一部、もしかしたらいないのかもしれない。平気そうに見えるからといって、それを前提にしてしまったら、それこそ偏見だ。ハルが、そうだったように。


「そうそう。よくさ、『君はすごいね、強いね、賢いね、私には無理だよ』みたいなこと言うやついるけどさ。じゃあ何? 死ぬの? って思う。簡単に無理とか、たまたまもとからすごかった、強かった、賢かった、みたいに言わないでほしいんだよ。そうならないと生きていけなかっただけなんだからさ」


 ハルが被せるようにそう言った。みんな『そうじゃない』時代があって、なんとか生き残るために必死に頑張ってきたのだろう。それを元からそうだった、みたいに当たり前にするのは、ダメだ。


「……他には?」


 ミライが俺たちのやり取りを見ながら、さらに問いかけてくる。


「え、他? う~ん」


 俺が考え込んでいると、ミライがもじもじしながら質問をする。


「だからその~、私がコウちゃんが男の子かもって思って安心したって言ったのは、どう思った?」


 ちょっと上目遣いで聞いてくる姿は大変かわいらしいのだが、ミライはとても真剣に尋ねているのだろう。


「あぁ、なんか、自分であさましいとか醜悪とか言ってたけど、俺はちっともそんな風には思わなかった。だってミライは自分を安心させるためにコウを好きになったんじゃなくて、コウだから好きになったんだろ?」


 俺としては大したことは言ってないつもりだったのだけれど、ミライは瞳をうるませているし、みんなはニヤニヤとしている。


「ありがとう。良かった」


 ミライはそう言って、最高の笑顔を見せてくれた。きっと、今まで自分でも消化しきれないモヤモヤした気持ちだったんだろう。それを少しでも解消することに貢献できたのだとしたら、これほどパートナー冥利に尽きることはない。


「ところで、またしても"友達の話"前提じゃなくなってるけど」


「「あ」」

 コウがするどくそう指摘して、俺とミライはそろって口を開けた。




「ふふ。それじゃあ、次は私が話をさせてもらうわね」


 そんな風にボケっとしているうちに次の手番をマヨに取られてしまった。


「わー、マヨちゃんの話楽しみ!」


 ミライがそんなことを言うものだから、ちょっと待ったと横から割って入るわけにもいかない。俺は仕方なくマヨの話に耳を傾けることにした。


「みんなは結婚について考えたことはある?」


「け⁉」


 突然のビッグワードに驚いてしまう。


「マヨちゃんまさか」


 ミライから震えるような声が聞こえてきて、ミライの方に視線を移す。


「サプライズプロポーズ⁉」


 ミライは瞳をランランと輝かせて両手を口に当てていた。


「いや、絶対違うだろ」


 俺が半ば呆れながら突っ込む。


「そもそも日本では同性婚はまだ認められていない」


 そしてコウも冷静に突っ込みを入れた。


「そんなことわかってるけど! 急に結婚なんて言われたらそうかと思うでしょ!」


 ミライがややむくれた様子でそう返すけれど、むしろマヨの家のことを考えれば。


「これは友達の話なんだけど、仮にその子をMとするわ。Mはね、結婚についてすごくよく考えているの。一回お見合いをしたこともあるから」


 マヨがさらっとそう言って、やはりそっちか、と俺は合点がいった。


「聞いてないけど⁉」


 一方ミライは半ば叫ぶようにそう言う。すると、マヨはうんざりしたような顔をして、頭を振った。


「あー、やっぱり駄目ね。話が先に進まない。みんなに投げかけながら話す方式はやめることにするわ。ここからは独白で行かせてもらうから。リアクションは最低限でお願い」


 特にミライに対してそうくぎを刺して、マヨは語り始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る