第36話 誰かを好きでいる自分

 そんな事件をきっかけに、マヨちゃんとの仲は急接近した。よく話をするようになって、一緒にお弁当を食べたり休日に出かけたりするようになった。一見正反対のようだけれど、マヨちゃんは私に足りないものを持っていて、逆にマヨちゃんに足りないものは私が持っている。2人でいれば最強だと思った。


「今度バイト始めようと思って」


 高校二年生になって、マヨちゃんにそんな話をした。


「何か欲しいものでもあるの?」


 マヨちゃんにそう聞かれ、私は二ヒヒと笑う。


「実は、資格を取ろうと思ってるの。そのためには別の大学に行って、大学院にも行かないといけないから、少しでもお金を貯めておこうと思って」


 ちょっと自慢げにそう言った。すごい、応援してる、そういう反応が返ってくるのを期待した。でも、返ってきたのは期待とは全然違う反応だった。


「そう、外部受験するのね。じゃあ高校を卒業したら離れ離れね」


 マヨちゃんはさらっとそう言った。今にして思えば、別にその言葉に深い意味はなかったのだと思う。単純にそれぞれ別の大学に行くという事実を言っただけ。でも、私にはそれがすごくショックで、胸が引き裂かれそうになった。


未来みくる? どうかした?」


 マヨちゃんが私の様子に気づいて声をかける。でも、私は何も言えなくなってしまった。


「ご、ごめん、何でもないから」


 そのまま席を立って教室を飛び出す。背後からマヨちゃんが何か言っていたような気がするけれど、私は無視して一人になれる場所を探した。離れ離れという言葉が、関係性の終わりを表しているような気がして、その時気づいた。こんなに胸が痛いのは、きっと私がマヨちゃんに恋をしているからだと。




 そして私は棚上げにしていた問題に向き合わなければならなくなった。自分がレズビアンかもしれないということだ。あの時は目を逸らしてしまったけれど、改めて自分と向き合う日が来たのだと思った。


 それからLGBTについて調べていくうちに、自分はバイセクシュアルなのではないかと思った。コウのことを好きになって、ハルのことを好きになって、マヨちゃんのことを好きになった。それぞれに対する好きはちょっと違うけれど、熱量は一緒だったように思う。だとすれば、自分はバイセクシュアルに違いない。その時はそういう結論に至った。


 ところが、ハルに再会し、関係を深めていくうちに、またハルのことを好きになってしまった。でも、マヨちゃんのことも変わらず好きだった。これでは浮気ではないかと心底自分を嫌悪した。バイセクシュアルは受け入れられても、ポリアモリーという言葉を知らなかった私は、本当に好きな人は一人だけという呪縛から逃れられずにいた。また恋のドキドキと罪悪感との板挟みになって、感情の振れ幅に振り回される日々が続いた。そんな私を救ってくれたのは、やっぱりハルだった。


「そういえばさ。コウと付き合うことになった」


 ある日、ハルからそう聞かされた。とてもショックだった。コウへの恋は、女子校に一緒に進学した後、ゆっくり別の愛の形に変わった。今はコウと一緒にいてもドキドキしないし、目でいちいち追いかけるようなこともない。安らぎは感じるし、コウが困っていたら助けてあげたいと思うけれど、四六時中考えたりときめいたりはしないのだ。一番近いのは兄弟姉妹愛とか家族愛とかその辺だと思う。だから、このショックはハルに対する失恋のショックだ。でも、大好きな2人が幸せなら、それを祝福してあげなければ。


「そっか。良かったね、おめでとう」


 なんとか笑顔でそれだけ言えた。


「うん、ありがとう」


 それにハルも笑ってくれた。でも、次の瞬間、目から涙がこぼれて、あとからあとから出てくるそれは止まらなかった。


「ご、ごめん、私」


 ハルがそっとティッシュを差し出してくれて、私はそれを受け取る。


「ごめん、私、実はハルのこと好きで。だから2人を祝福したいのに、泣いてごめん」


 泣いたらハルを困らせてしまうのに止められない。なんとか涙を止めたくて、でも止められなくてもどかしい私に、ハルから驚きの言葉が投げかけられた。


「実は自分ポリアモリーで、ミライのこともコウと同じくらい好きなんだ。だから、ミライが良ければ自分と付き合う?」


「え?」


 一瞬何を言っているのか理解できなかった。あんなに止めたかった涙が、驚きでいとも簡単に止まってしまった。


「ごめん、ポリアモリーって何?」


 そこで初めてポリアモリーの概念を知った。聞けば聞くほど、それは自分だと思った。そんな名前がついているなんて、そして、お互い同意の上で複数の人とパートナーシップを結ぶなんて、なんて素敵なのだろうと思った。暗雲にぱっと光が差し込んで目の前が開けていくような気がした。


「それ! ミライも絶対それだよ!」


 私は興奮しながら答えた。


「実はそうじゃないかと思ってたんだよね。ミライはポリアモリーでパンロマなんだろうなってさ」


「パンロマ?」


 また聞きなれない単語が出てきて聞き返す。


「パンロマンティック。相手のジェンダーとかセクシュアリティに関わらず、すべての人に恋愛的に惹かれる人のこと。自分、Xだし。ミライは相手が男か女かってジャッジが前提に入らないでしょ。人間としてその人のこと好きかどうかって考えてるでしょ」


 またしても目から鱗だった。すべての人を好きになるなんて、そんなのまさにミライだ、と思った。


「本当だー。ハルって天才なんじゃない?」


 そう言うと、ハルは困ったように笑った。


「ハル、ポリアモリーな関係すごくいい! 是非お願いします!」


 私が力強くそう答えると、ハルはやや私に圧倒されながらも答えてくれる。


「お、おう。よろしく」


「それでね、実は私も他に好きな人がいるの! もしその子がいいって言ったらパートナーシップ結んでいいかな⁉」


 私がはやる気持ちを抑えられずにそう尋ねると、ハルは苦笑する。


「もちろんいいけど、いきなりポリアモリーなんて言ったらビックリするからその勢いのまま行くのはやめときなよ?」


 そんなアドバイスをくれたけれど、もう私の耳には入っていなかった。まだ短いとはいえ、それまでの人生で最大の課題と思われていた問題がキレイさっぱり解決された気にすらなった。何より初めて誰かを好きでいる自分を認められたような気がして、それが本当にうれしかった。

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