第35話 ろうそくの火
マヨちゃんと出会ったのは、実は高校生になってから。中高一貫校の同級生だから、恐らく中学生の時も廊下ですれ違っていたことはあると思うけれど、お互いの存在を認識したのは同じクラスになった高校生の時だろう。第一印象はすごく美人な子。知的でちょっと近寄りがたい雰囲気はあるけれど、とにかくその美しさが目を引いた。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花、なんて言葉があるけれど、あれはまさにマヨちゃんのことを言っていると思った。
「
ある日、マヨちゃんからそう声をかけられた。
「あ、はい」
お話の内容に全く心当たりがなく、少しどぎまぎしてしまう。
「えっと、ここで話すのは何だから、少し放課後にお時間いただけると助かるのだけど」
何やら込み入った話のようだとは思ったけれど、ならば益々接点のない私にするのはなぜだろう。そう思いながらも、私は同意した。
その日の放課後。
「こうして話すのは初めてよね」
誰かに聞かれると困るからと、場所を移すため、駅へと向かいながらマヨちゃんがそう言った。
「そ、そうだね。同じクラスになったのも初めてだもんね」
私もそんな風に応じる。
「
『
「あ、実は茶道部なの」
私がそう言うと、マヨちゃんは意外そうな顔をした。
「あらそうなの。今日は活動はなかったのかしら」
だいたい私が茶道部というとビックリする人が多いので、マヨちゃんのその反応にも特に思うところはなかった。
「大丈夫。今日は活動日じゃないよ」
そう言うと、マヨちゃんはクスッと笑った。
「実は、私も小さいころから茶道を嗜んでいるの。こんなところに共通点があるとは思わなかったわ」
笑うと益々美人に拍車がかかって、私はドキドキしてしまった。周りから美人と珍獣が歩いていると思われないかと不安になるほどだ。マヨちゃんは第一印象こそクールな感じだったけれど、話してみると聞き上手で話し上手だった。ちなみに、私が茶道部を選んだのは和菓子につられたからなのだけれど、マヨちゃんの話を聞いていたらとてもそんなことは言えなくなってしまった。
「ここにしましょう」
その後も色々と話しているうちに、目的地に到着したようだった。そこは学校から2駅ほど離れたところにある喫茶店だった。実を言うと、ファーストフードやチェーン店のカフェにしか行ったことがなかった私は、マヨちゃんが選んだ大人の雰囲気の喫茶店にすっかり委縮してしまった。逆にマヨちゃんは注文から何からとてもスマートで、本当に大人びていてかっこいいなぁとほれぼれしてしまった。
「今日は時間を割いてくれてありがとう」
対面で座るとマヨちゃんの美しい顔が視界いっぱいに映りこんでしまい、直視できない。私はなるべく視線を逸らしながら答える。
「う、うん、大丈夫。特に予定はなかったから。それより話って?」
注文したミルクティーに砂糖を入れながらそう聞くと、マヨちゃんは少し言いづらそうに視線をさまよわせる。授業中に難しい問題を当てられてもハキハキ答えるマヨちゃんにしては珍しいことだった。
「そうね。まず約束してほしいのだけれど、今から話すことは一切他言無用ということでお願いできるかしら」
意を決したのか、しっかり目を見ながらそう言われてしまい、私はその迫力に一瞬答えを詰まらせた。
「え……っと、もちろん。わざわざこんなところまで来て不誠実なことはしないよ」
なんとかそう答えると、マヨちゃんはほっとしたようで、本題に入る。
「ちょっと小耳にはさんだのだけれど、
そこで
「確かに
「私たち同じ競技かるた部なのよ」
そこで、そういえばコウからそんな話を聞いたような気がするな、と思った。
「そっか。それで、
ま、まさか部活内で暴れたのでは、と一瞬そんな考えが頭をよぎったけれど、マヨちゃんの答えは違った。
「えっと、実は部活内で盗難、というか、ちょっとその、私物の所在が不透明になる事件があって」
マヨちゃんは言葉を選びながらとても言いにくそうにそう言った。
「ち、違うよ⁉
私が慌ててそう答えると、マヨちゃんは興奮しかけた私を制する。
「違う違う、わかってます。
「え?」
被害者がコウ、ということはつまり。
「いじめってこと?」
私が顔面蒼白になりながらそう聞くと、マヨちゃんは首を振る。
「違うわ、そうでもなくて。むしろ逆というか」
「ぎゃ、逆?」
訳が分からず困惑していると、マヨちゃんはふーっと息をはいた。
「最初からいきさつを説明するわ。先日、私が部室に行ったとき。いつもならノックを必ずするのだけれど、その日はたまたま考え事をしていてね。それでノックもなしに入ってしまったの。すると、中には部活の後輩がいて、私が入ってきたことにひどく驚いているようだった。その時初めてノックをし忘れていたことに気づいて謝ろうとしたのだけれど、手にね、見覚えのあるタオルを持っていたのよ」
「タオル?」
「ええ、
そこでマヨちゃんはため息をついた。
「そうしたら、よくロッカーに置いてある私物の位置が微妙に変わっていることがあるとか、新しいものに代わっていることがあるというのよ。どう考えてもその、そういうことでしょ?」
つまりはコウの私物をこっそり持ち出したり勝手に交換したりしている人がいるということだろう。
「え、それで
私が心配になって尋ねると、マヨちゃんは暗い表情をする。
「実害もないしほっとけばいい、と言っていたわ。でも、そんなのはやっぱりよろしくないと思ってね。改めて犯行現場を見てしまった後輩に話を聞いたの。そうしたら」
そこで言葉を区切ると、マヨちゃんは頭を抱えた。
「
マヨちゃんは本当に困っているようだった。
「それで、私に真相を聞きに来たってこと?」
私もやや戸惑いながら聞くと、マヨちゃんは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
「いや、そんなスパイみたいなことがしたいわけではなくて。ただ、下手に先生に報告すれば問題になってしまうでしょう?でもこのままでいいとも思えないから、
そして、期待に満ちたまなざしで私に問いかける。
「どうかしら?
その純粋なまなざしが眩しすぎて、私は目を逸らしながら考える。
コウは小学生の頃から女の子にモテモテだっだけれど、それは女子校でも健在だったようだ。当時も誰が一緒に帰るかでもめている現場に何度か遭遇したことがある。優しいから断ることも出来ず、板挟みになっているときのコウはとても辛そうだった。
コウのことだ。恐らく今回も、傷つけたくないから実害がないなら放っておこうと思っているのかもしれない。
「多分だけど、
私がそう答えると、マヨちゃんは明らかに気落ちした様子だ。
「そ、そう……。そうよね、
結局、その事件については何の解決策も提示できなかったけれど、私は普段滅多に変わらないマヨちゃんのいろいろな表情を見ることが出来てとても満足していた。その日、私の心の中のろうそくにぽっと火が灯ったような、そんな感覚がした。
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