第32話 決定的な事件
それから私たちは3人で遊ぶようになりました。秘密の公園という限られた世界ではありましたが、本当の名前で、本当の姿で、私たちは誰よりも自由をかみしめていました。そして、またしてもそれが日常に替わる頃、私にとってとても決定的な事件が起きたのです。
その日も私たちは服を交換していました。ミライが仲間になってから変わったことの一つに、服を交換する相手というのがありました。
「ミライ、コウちゃんのお洋服が着たいなぁ」
ある日の服の交換の時、ミライが恥ずかしそうにそう言ったからです。コウは気づいていないようでしたが、私にはミライが服を交換したいと思う理由が、私たちとは違うということがわかっていました。でも、理由はどうあれ仲間のミライのお願いを断るわけにもいきません。
だから、その日から、ミライはコウの服を、コウは私の服を、私はミライの服を着るようになりました。ミライの服はパステルカラーでふんわりしたものが多かったので、より一層自分がお姫様になったような気分を味わうことが出来ました。その日も白いシャツにさわやかな水色のワンピースを重ね着していて、私の気分はシンデレラでした。
「お前らこんなところで何してんだよ」
またしてもそんな声に呼び止められました。振り返ると、そこには同級生の男の子たちが5名ほど立っていました。
「別に、遊んでるだけだよ」
ミライが能天気にそう答えました。こういう時、ミライの天真爛漫さは武器にもなるのだと感心しました。しかし、男の子たちからすればそんなミライの反応は期待したものではなかったのかもしれません。少しキョトンとした後、ニヤニヤしながら言いました。
「男と女で服なんか交換して、気持ちわりぃ~」
それは誰よりも私に対して言っているようでした。その言葉は私が最も恐れていた言葉で、深く胸の奥に突き刺さりました。すると、コウがいつものように怒ります。
「お前らには関係ないだろ! どっか行け!」
しかし、男の子たちは更に笑みを深くするとはやし立てます。
「怒った怒った、男女が怒った」
「男女とオカマが集まって気持ちわりぃ~」
「一緒にいるとオカマがうつる」
私はすごく悲しくなって、目に涙がたまるのを感じました。逆にコウは怒りが頂点に達したのか、ついに男の子たちにとびかかりました。
「この野郎!」
そんなコウに男の子たちは一瞬面食らったようでしたが、圧倒的に数は相手が優勢です。あっという間に取り押さえられてしまいました。
「コウ!」
私は思わず叫びます。
「ん? コウ?」
男の子の一人が不思議そうに首をかしげます。私はうっかり本当の名前の方を叫んでいることに気づいて、慌てて口を押えました。すると、そんな私たちの様子を黙って見ていたミライが、ゆっくりと男の子たちに聞きます。
「ねえ、みんなは私たちと遊びたいの?」
「は?」
一瞬何を言ってるんだという反応を見せる男の子たち。無理もありません。恐らくミライ以外のここにいる全員が同じ気持ちでしょう。
「ち、ちげーし! 誰がお前らなんかと遊ぶかよ!」
男の子の一人が気を取り直してそう言いました。
「そっかぁ、じゃあ私たちはまだここで遊びたいから、別の場所で遊んでくれない?」
ミライはまたしても呑気にそんなことを言います。目の前の状況が見えていないのでしょうか。私はハラハラしながらそんなやり取りを見守ることしかできません。
「は、はー⁉ なんで俺たちがお前らの命令を聞かなきゃいけないんだよ!」
「そ、そうだそうだ! 出ていくのはお前らの方だ!」
驚きに固まっていた彼らも、徐々に冷静さを取り戻し、攻撃モードを再開します。
「命令じゃなくてお願いだよ? それに、私たちの方が先にここで遊んでたし」
しかし、ミライは全く動じません。私はそんなミライに尊敬の念すら抱き始めていました。
「そんなの知るか! とにかくそんな恥ずかしくて気持ち悪いことして遊んでるお前たちの方がどっか行くべきだ! 家に帰って部屋に閉じこもってる方がお似合いだ!」
そう男の子の一人が叫んだ次の瞬間。
その子の体は宙を舞っていました。
「へ?」
私には、一瞬何が起きたのかわかりませんでした。
「これは正当防衛だからね」
冷たくミライがそう言って、初めてミライがその子を投げ飛ばしたのだということを理解しました。
「ねえ、コウちゃんのこと離して?」
冷たく微笑むミライはとても怖くて、コウを取り押さえている2人は恐怖に体が動かないようでした。すると、また2人の体が宙を舞って、地面にたたきつけられる音があたりに鳴り響きました。誰もが何が起きているのかわからず固まってしまう中、ミライだけが動くことを許されているようでした。
「逃げなくていいの?」
ミライの冷たい微笑を形作る口が、そう言葉を紡ぎました。それは最終警告のようでもありました。
「に、逃げろー!」
すると、我に返った5人は蜘蛛の子を散らすように逃げていきました。
「ふぅ」
すっかり男の子たちの姿が見えなくなると、ミライは軽く息をはいて、パンパンと手を払いました。
「2人とも大丈夫?」
その笑顔があまりにもまぶしくて、私は胸が高鳴るのを感じました。
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