第31話 秘密のお友達

「今日はさ、外に出て着替えてみないか」


 その日もいつものようにコウの家に遊びに来た私に、コウが言いました。


「そ、外?」


 私は確認するように聞き返しました。


「うん」


 そう答えるコウは少し緊張しているようでした。それもそのはず。部屋の中にいれば安全です。でも、外には誰がいるかわかりません。もし同級生に会ってしまったら、気味悪がられるかからかわれるに決まっています。


「ちょっとこわいな」


 私は正直にそう言いました。


「ずっと遠くの方の公園に行けば、きっと誰にも見つからないよ」


 コウはそう言いました。コウの顔はとても真剣でした。私はこわかったけれど、コウのために自分も頑張ろうと思いました。


「わかった。ちょっとだけね」


「うん!」


 コウはとても嬉しそうにそう言いました。




 私たちは自転車に乗ってずっと遠くの公園まで来ました。そこには車いす用のトイレがありました。私たちはきょろきょろとあたりを見回して、人がいないのを見計らうと、急いで2人で中に入りました。


「誰にも見られなかったかな?」


 私はドキドキしながらコウに聞きました。


「多分、大丈夫だと思う」


 コウも緊張しているのか、少し上ずった声でそう言いました。そして、私たちはいつものように服を交換しました。


「じゃあ、外に出るよ」


 コウがそう言って、扉に手をかけます。すると、とてもこわくなって私はコウの腕を掴みました。


「や、やっぱり無理かも。こわい」


 私がそう言うと、コウは私を優しく抱きしめました。


「大丈夫。何かあったら俺がハルを守るから」


 すると、こわかった気持ちが嘘のようになくなりました。


「ありがとう。もう大丈夫」


 コウはやっぱり私のヒーローでした。




 あの日の気持ちをなんと表現したら良いのかわかりません。本当の姿で過ごす外の世界は、今までよりもずっと輝いて見えました。最初はあんなにビクビクしていたのに、気づけば大きな声を出して遊べるようになりました。

 それからも秘密の公園通いを何度か繰り返すうちに、コウも私もすっかりその魅力にはまっていました。そして、完全に油断していた頃、その事件は起きたのです。




「あれ、陽葵ひまりちゃんとかずくん?」


 その日もいつものように秘密の公園まで来て、いつものように着替えて、いつものように遊んでいました。だから、はじめは聞き間違いかと思ったのです。


「あー! やっぱりそうだ!」


 駆け寄ってきた子が同じクラスの未来みくるちゃんだとわかった瞬間、サーッと血の気が引くのを感じました。


「こんなところで何してるの?」


 無邪気に尋ねてくる未来みくるちゃんがとてもこわくて、私は自分が震えているのがわかりました。


「お前には関係ないだろ!」


 コウが怒鳴りました。でも、未来みくるちゃんは全く動じません。


「えーなんでー?」


 そう聞いてくる未来みくるちゃんを、コウは突き飛ばしました。


「うるさい!」


「きゃ!」


 未来みくるちゃんはバランスを崩して転んでしまいます。


未来みくるちゃん!」


 私は未来みくるちゃんに駆け寄りました。


「大丈夫? 怪我してない?」


 そう聞くと、未来みくるちゃんは笑いました。


「大丈夫。ありがとう、かずくん。その服とってもかわいいね」


 私たちは驚いてしまいました。絶対に気味悪がられるかからかわれると思っていたからです。


未来みくるちゃん、なんとも思わないの?」


 思わずそう尋ねました。


「何が? かずくんはかわいいし、その……陽葵ひまりちゃんはすっごくかっこいいと思う!」


 少し顔を赤らめながら、未来みくるちゃんはそう言いました。私たちは顔を見合わせると、どちらからともなく笑ってしまいました。


「それよりなんでお前こんなところにいるんだよ」


 転んでしまった未来みくるちゃんを助け起こしながら、コウが尋ねました。


「習い事!」


 未来みくるちゃんは明るく答えます。


「ねえねえ、未来みくるも混ぜて?」


 にこにこ笑顔でそういう未来みくるちゃんに、私たちはまたしても顔を見合わせました。


「私は別にいいよ。コウは?」


「まあ、ハルがいいなら」


 コウもポリポリ頬をかきながらそう言いました。


「ねえ、コウとハルって何?」


 未来みくるちゃんがまた無邪気にそう聞いてきました。私たちは未来みくるちゃんになら話してもいいかなと思いました。


「誰にも言うなよ?」


 そう前置きして、私たちはこれまでのいきさつを話しました。


「本当の名前!? いいなー! 未来みくるもやりたい!」


 未来みくるちゃんは目を輝かせてそう言いました。


「仕方ないな、特別だぞ?」


 コウはまんざらでもなさそうにそう言いました。私は2人だけの秘密ではなくなったことが少し寂しい気もしましたが、それ以上に仲間が増えることに嬉しくなりました。


「じゃあね、じゃあね、う~ん……どうしよう。未来みくるはどうしたらいいと思う?」


 未来みくるちゃんは困ったように私たちに助けを求めます。


「そうだなぁ」


 コウも一緒に考え込みます。


「う~ん、じゃあ、未来みくるちゃんの名前はミライって読めるから、ミライっていうのはどう?」


 私はそう提案しました。


「それいい! ハルちゃんすごい!」


 ミライはとても嬉しそうにそう言いました。こうして、秘密を共有する仲間は3人になったのでした。

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