第24話 悪友
「「「乾杯!!」」」
ガシャンと音を立てて並々とビールが注がれているジョッキがぶつかる。掛け声の後にグッと飲み干せば、その瞬間だけは悩みなど吹き飛んでしまう。最初の一杯の爽快感は何物にも代えがたい。
「いやぁ、しかし本当に久しぶりだよな。卒業式以来?」
一気に半分飲み干したこいつはヤマト。
「いや、成人式の時会っただろ」
ヤマトに冷静なツッコミをいれるのはタケルだ。2人ともバスケ部で苦楽を共にした悪友である。ヤマトがとにかく飲みたいと声をかけ、捕まったのが俺とタケルだ。
ハルとはもう一度話をしなければと思いつつ、しかしなんだかんだとずるずる過ごして1週間ほど経過してしまった。来週にはハルの誕生日パーティーが催されることになっている。このままでは気まずいものの、なにをどう話せばいいのかもわからず、問題は棚に上げたままだ。
「しかし、学生生活ももう折り返しとは。一生学生でいたいよなぁ」
お通しの枝豆を口に放り込みながら、ヤマトが言った。
「だな。やっと受験が終わったと思ったら今度は就活だろ?毎日スーツで出勤とか想像しただけで萎える」
タケルがそれに同意する。
「そんなに学生でいたいなら院に行けばいんじゃね?」
俺がそう言うと、すかさずヤマトが首を横にふる。
「いやいやいや。勉強はもうこりごり。院に行って研究したいこともないしな」
そう言ってヤマトは残っていたビールを飲み干すと、さっそく次の一杯を注文した。
「そもそもそんな金がねーよ。留年したら即退学って親に脅されてるし」
タケルはちびちびと残っているビールを楽しんでいる。
「じゃあ2人とも就職か。俺もとりあえず就職するつもりだけど、まだ何も考えてないんだよな」
先日のハルとミライとのやり取りを思い出しながらそうこぼす。
「いやぁ、まだよくね? この間3年になったばっかだぞ?」
その反応から、やはりというべきか、ヤマトは俺と同じだとわかる。
「6月から夏のインターンの受付が始まるところもあるみたいだから、早めに動いておいて損はないと思うけどな」
対してタケルは流石に俺たちの参謀だっただけのことはある。しっかりと情報収集しているようだ。その言葉にヤマトはやや大げさに驚いたリアクションをとった。
「マジかよ。うへぇ、インターンねぇ。学生の貴重な夏休みを搾取するなんて、社会は本当に世知辛いな」
「むしろ入るかどうかも分からない学生の面倒を見てくれるんだからありがたがるべきじゃないか?」
ため息交じりに愚痴るヤマトをタケルはピシャリとたしなめた。この2人の掛け合いは相変わらずである。
「あー、やめやめ。こんな話はやめよう。酒がまずくなる。もっと楽しい話をしようぜ」
ヤマトはそう言いながら身を乗り出した。
「お前ら彼女出来た?」
にこにこと満面の笑みを浮かべるヤマトの様子から、今日呼び出された理由をなんとなく察して、俺とタケルは静かに酒をあおる。
「……あー、ヤマトは?」
絶対に面倒臭いことになることは理解しつつも、仕方なく聞いてやると、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに胸を張ってヤマトは答える。
「できた! 読モやってて巨乳の超SSSランクの彼女が!」
鼻高々といった感じのヤマトだが、ジェンダーやセクシュアリティを勉強している俺からすれば、『彼女』という呼び方も『ランク』という表現も頭が痛くなる。しかしそれを抜きにしても予想通り過ぎてげんなりしつつタケルの方を見れば、こちらも呆れた顔をしていた。
「ソウカ、ソレハヨカッタネ」
ほぼ棒読みのタケルに、しかしそれを物ともせずにヤマトは言葉を続ける。
「なんだなんだお前ら。ダチの幸せを祝えないのか? 男の嫉妬は見苦しいぞ」
『男の嫉妬は見苦しい』か。最近はミライたちとつるむことが多かったからか、そういう表現自体に遭遇する機会が減っていた。しかし、意識してみれば日常の至る所にこういう表現は転がっている。
「いや、うん。幸せならよかった。大切にしてやれよ」
当たり障りのないことを言ってこの話を終えたい。そう思って発した言葉だったが、その後に続いたヤマトの返答に固まってしまう。
「大丈夫。向こうが俺にベタぼれだからさ。生かさず殺さずうまくやるよ」
「は? どういう意味?」
「いや、女ってすぐに調子に乗るだろ?飴と鞭が大事なわけよ」
チッチッチッと指を振りながらそんなことを言うヤマト。その後も、いかにその子が自分に惚れているか、どんな風に扱っているかを自慢げに語る。さりげなくタケルの方を見ると、興味なさげにメニューを見ていて、我関せずといった様子だ。この2人を含めて、バスケ部のみんなと過ごした日々はあんなに楽しかったのに、今は何だか少しだけ息苦しい。
「タケルは浮いた話はねーの?」
自慢話に満足したのか、ヤマトがタケルに話題を振った。
「ないな」
それにぶっきらぼうに返すタケル。
「あれ、お前確か一度も女と付き合ったことないんじゃなかったか?」
はっと思い出したかのように言うヤマトが次に何を言うのかなんとなく察して、話題を変えようと口を開く。
「あ、そういえば――」
「お前ひょっとしてこれか?」
しかし俺のインターセプトは遅かった。ヤマトはそう言って、右手の甲を左頬に当てたのだった。
「は?」
すると、明らかに気分を害した様子でタケルが答える。ヤマトはそんなタケルの様子にへらへらと笑った。
「わりぃわりぃ怒るなよ! お前がまともだってことはわかってるからさ」
ヤマトがそんな風に謝罪して、タケルはあきれた様子を見せる。
「今日はお前が奢れよな」
そう返して残っていたビールを飲み干した。2人のそんな様子を見ていて、もし本当にタケルがマイノリティだったらと思うと胸が引き裂かれそうだった。自分のふがいなさが悔しくてたまらない。
「そういうユウはどうなんだよ?」
するとヤマトが今度は俺に話を振ってきた。急なことで動揺してしまうが、しかしこれはチャンスだと思った。俺の話をして、それでヤマトがジェンダーやセクシュアリティに興味を持ってくれれば。そんな期待を込めて、俺はミライのことを話し始めるのだった。
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