第21話 ALLY
「ALLYは、LGBTQ+を理解し支援することを表明している人のこと、だよね。まあ、LGBTQ+に限らず、障がいとか人種とかもっと包括的にマイノリティを支援の対象としている人に使うこともあるけど」
考えながらもミライは答える。
「でも、そういう定義の話がしたいわけじゃないよね?」
そう聞かれて俺は頷く。
「実は俺がショウに腕を掴まれて困ってたら、スタッフが来て助けてくれたんだけど、その人の言葉というか態度というか姿勢かな。それにモヤっとして」
ミライは先を促す様に頷いた。
「その人も俺が遭ったのは性暴力だって言ってさ。それはいいんだけど、自分も性暴力の被害者だから気持ちはわかるとか、LGBTQ+の人たちは可哀相だから助けてあげなきゃいけないとか。一方で、LGBTQ+は同じ人間だから気持ち悪いと思ったことはないとか。なんか矛盾している気がするというかモヤモヤするというか」
うまく言語化できずに歯がゆい気持ちになっていると、ミライが一つ一つ糸を解きほぐすように問いかける。
「ユウは気持ちがわかるって言われてどう思ったの?」
「いや、全然わかってないだろって思った」
「どの辺が?」
「そもそも俺は自分が性暴力に遭ったなんて思っていなかったし、むしろ自分の差別意識とか偏見に苦しんでいたのに、そこを完全に無視されて自分の言いたいことだけ一方的に言われてる感じが不快だった」
あの時は驚きや混乱の方が強かったけれど、今改めて思い出すと腹が立った。俺は心を開きかけていたのに、裏切られたような気さえした。
「その人はなんでわかるって言ったんだろうね」
ミライは努めて無感情にそう聞いてきた。それはミライ自身が興味のあることを聞いているというわけではなく、俺の内省を促すための問いかけだろう。
「わかるんだよ。あの人は善意で、俺を慰めるために言ってくれたっていうのは。だけど、俺が求めていたのは共感じゃなかった。あれはエゴだと思う」
すると、ミライは少し悲し気に微笑んだ。
「そうだね。支援するってすごく難しいよ。その人のために自分がしてあげられることって何なのか、何をすべきで何はしちゃいけないのか、それを見極めるのは本当に難しい」
その時、ミライとハルがコウにカミングアウトを促したことを思い出した。あれは善意だったのかエゴだったのか。俺にはまだ判断がつかない。
「LGBTQ+は可哀相で助けないといけない。それから同じ人間で気持ち悪いと思ったことはない、だっけ。それが矛盾しているように感じたの?」
ミライは話題を次へ移した。
「だってそうだろ? LGBTQ+だって、辛いこともあるだろうけど、誇りをもって生きてるのに、可哀相だなんて見下して。そのくせ同じ人間だ、なんて、そんなの偽善じゃないか」
話していて、またミライたちを勝手に貶められたような気がして腹が立った。むしろ俺がみんなにどれだけ助けられてきたか。みんながいなかったら俺は自分の無知に気づけなかった。今もこうして話を聞いてもらうことはなかった。それを思うと、善意だけでは本当にダメなんだと思い知る。
「ふふふ」
すると、ミライは嬉しそうに笑った。
「なんで笑ってんの」
いらだちと困惑を込めてそう聞くと、ミライは答える。
「だって、ユウはもうこっち側なんだと思って」
その言葉を聞いて、ようやく理解できた。俺が憤りを感じる理由。偽善を嫌悪する理由。ずっと追いつかなければならないと背中を追っていた気がしていたけれど、自分はもうとっくにみんなの仲間だったんだ。
「ALLYってどんな人って質問だけど、私だったらユウがそうだよって答えるかな」
にこにこと笑顔でミライは言った。
「え、俺?」
嬉しいけれど、まだまだ勉強中の自分がそんな風に言ってもらう資格はあるのだろうか。
「差別意識や偏見は簡単にはなくならないし、むしろ誰だって持っているものだからなくすことなんてできないよ。だからそんな自分を受け入れて、相手のことをちゃんと見てあげよう、少しでもいいから理解しようって姿勢を持つことの方が重要だと思うな。それでも間違えて相手を傷つけてしまったら、ちゃんと謝れることもね。もちろん一定の知識を持っていることも大切だけ」
ミライはすらすらとそう言うと、いたずらっぽく笑った。
「でも俺、ミライたちみたいに支援は出来てないと思う」
理解しようとすることに必死で、支援という具体的な行動は起こせていない。しかしそんな俺にミライは笑いながら言った。
「それ本気で言ってる? バリバリやってると思うけど。私のこと気遣ってくれるし、今日だってコウに付き合って、交流会でもアカリって子を助けたんでしょ? 十分じゃない」
「いや、ミライのお守はパートナーとしての務めだし、コウに付き合ったのは自分のためで、アカリは助けたけどなんだかんだ出遅れたし」
少し弱気になっている俺に、ミライは困ったような笑顔を浮かべた。
「まあ、こういうのは他人が判断することじゃないからね。自認が一番大事。だからユウがそう思うならそうなんだと思うよ」
別にミライを否定して困らせたかったわけじゃない。だけど、やっぱり自分がALLYだというには抵抗があった。それに結局俺はマジョリティだ。さっきは仲間だなんて思ったけれど、本当の意味でミライたちと対等になることは難しいのではないか。そんな暗い気持ちが一瞬立ち込めて、けれどその考えには蓋をした。
「スタッフの人、あの人はボランティアっていう支援をしていたけど、理解の方はまだまだなんだろうなって思うと、真のALLYは険しい道のりなのかもな」
誤魔化すようにそう言うと、ミライはうんうん唸りながらも答える。
「う~ん、私はALLYはALLYだと思うんだよね。ユウはもちろん、その人も。知識は後からついてくるし、理解しよう支援しようって気持ちを持ててたらそれでALLYなんじゃないかな?」
「その方向がずれてても?」
思わずそう尋ねると、ミライは明るく笑った。
「ずれてるように見えるかもしれないけど、最終的なゴールは同じなんじゃないかと思うんだよね。私はそう信じたいな」
ミライはきっと、人を信じているし人に希望を抱いている。話せばわかる、みたいな言説を本気で信じているのかもしれない。俺はそこまで人間を信じ切れないけれど、ミライの周りだけでもそんな世界が広がってくれればいいと思った。
「話を聞いてくれて、ありがとう」
俺は自然とお礼を言っていた。
「どういたしまして」
すると、ミライは笑顔で答えてくれる。
「前から思ってたけど、ミライって相談しやすいよな。聞き上手だし、なんていうか、話していると考えが整理されて心がすっきりする」
素直な感想としてそう言うと、ミライは少し恥ずかしそうにしながら告げる。
「実はね、私、公認心理師を目指してるの」
「公認心理師?」
「うん。最近できた国家資格何だけどね。悩んでいる人の相談に乗って、寄り添える人になりたいなって。今はまだ卵だけど、勉強してて」
ミライがそんな資格をとることを目指していたことは初耳だったけれど、すんなり納得できた。
「じゃあ、俺はその実験台かぁ」
「え⁉ あ、ごめん! そんなつもりじゃなくて!」
俺が茶化すように言うと、ミライは慌てて困ったような表情をするから、それが可愛くてしばらくそれでいじってしまった。
その後。
ミライはちゃっかりうちに泊まった。鎌をかけていたけれど、しっかり泊まる準備をしてきていたことに、若干ミライの掌で踊らされているような気がして癪だったが、相談料ということで目をつむることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます