第19話 ミライとごはん

「ミライ……」


 突然の来訪に呆気に取られていると、にこにこと笑いながらミライが言った。


「とりあえず寒いから中に入ってもいいかな」


 俺ははっと我に返るとミライを家の中へ招き入れた。


「えっと、ミライ。なんで」


「それよりも、洗濯物取り込んだ方がいいと思うよ? 忘れてるでしょ」


 理由はなんとなくわかりつつも俺がそう問いかけると、ミライは食い気味にそう言った。ずかずかと一番奥のベランダまで行くと、洗濯物を取り込み始める。気付けばすっかり日も落ちて、外は真っ暗だ。そういえば洗濯物を干しっぱなしにしていた。


 ミライはササッと洗濯物を取り込むと、それを畳み始める。俺はぼーっとその様子を見つめながら、ミライがここに来た理由を考えていた。恐らくは俺の様子がおかしかったことを受け、コウが連絡を入れたのだろう。コウには事情を話していないから、ミライも今日何があったのかは知らないはずだ。しかし、もし聞かれたらなんと答えればいいのか。まだ自分の中でも整理できていないのに、ミライに何を話せばいいのだろう。


「ユウ」


 そんなことを考えていると、ミライが声をかけてきた。まだ心の準備ができていない俺は動揺を隠せない。


「な、なに」


 するとミライはニッと笑う。


「パンツの畳み方にこだわりはある?」


 そう言って、俺の下着を両手に広げて見せてくる。


「ちょちょちょ、ちょっと待って! それは自分で、というか残りは自分でやります!」


 俺はそれを慌ててミライの手からもぎ取ると、そう宣言した。


「そう? じゃあご飯でも作ろうか? まだ夕飯食べてないよね?」


 ミライはいたって平然としている。まあ今更下着の一枚や二枚でどぎまぎするような関係ではないのだが、ふいうちに思わず過剰に反応してしまった。なんとなく気恥ずかしくて、少しぶっきらぼうに返事をした。


「あ、じゃあ、よろしく」




「いただきます」


 献立はサラダ、ミネストローネ、オムライスだ。あの短時間でこんなにパパっと作れてしまうものなのかと感心してしまう。思えばミライが単独で手料理を振る舞うのはこれが初めてになる。マヨが参加している場合は2人で料理を準備していることもあったけれど、だいたいは外で会ったり出来合いを買ってきたりだった。パートナーの初めての手料理に感動しつつ、実食へと移る。


 サラダは定番のレタス、きゅうり、トマトにシーザードレッシングがかかっている。シンプルだけど外れのないチョイスと言えるだろう。細かく刻まれた色とりどりの野菜が目も楽しませてくれるミネストローネは、少ししょっぱい気もしたがトマトの酸味が口の中をさっぱりとさせてくれる。メインのオムライスにはケチャップでハートが書かれている。ベタだとは思ったが、それがくすぐったくて単純にうれしかった。卵は固めの焼き加減で若干穴が開いているけれど、それも愛嬌と言えなくもない。


「うまい!」


 あんなに食欲がなかったのに気づくとすいすいと箸が進んでいた。


「それは良かった」


 ミライがにっこり微笑んで、これが幸せというものかとジーンと胸が温かくなるのを感じる。


「まあ、ほぼレトルトなんだけどね!」


 しかしその一言に一瞬動きが止まってしまう。


「あ、そうなの?」


「そもそもこの家コンロ1つしかないし! マヨちゃんじゃないんだからあんなに短時間でこんなに作れるわけないじゃない?」


 あっけらかんと言うミライ。そもそも準備してくれたこと自体に感謝すべきで文句を言う権利はない。そんなことはわかってはいる、わかってはいるけれど多少なりとも落胆することくらいは許して欲しい。


「……えっと、ちなみにどれが手作り?」


 そう尋ねると、ミライは事細かに説明をしてくれた。


「ミネストローネはお店で買ってきた。サラダは手作りと言えなくもない?既に洗って切ってあるやつをスーパーで買ってお皿に盛りつけた。オムライスの中のチキンライスは冷凍で、卵は私が焼いたよ!」


 つまりオムライスの卵部分以外は料理していないということでは。それから、3品全部にトマトが入っているのは偶然なのだろうか。俺がトマト好きだったら最高のもてなしだったのかもしれないが、嫌いではないが好きでもない。というかむしろどちらかと言えば苦手だ。


「あ、うん。まあうまく文明の利器を使うことは大事だよな!」


 しかしそんなことを言うわけにもいかないので褒めているのかいないのか、あいまいなことを言っておくことにした。


「そう、手間より愛があるかどうかだよ!」


 それに同意して握りこぶしをつくるミライ。それでも出来ることならミライに手間をかけて料理を作ってほしいと思ってしまう俺はやはりまだまだ偏見に縛られているのだろう。

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