第13話 マヨのお茶会
「この3人で集まるのは初めてよね」
その日はマヨ主催によるお茶会が催されていた。お茶会と言っても、茶道のそれではない。テーブルの上にはマヨのお手製という美味しそうな料理が食欲を誘う香りを放っている。てっきり和風なラインナップになるかと思いきや、アボカドのサラダやフランスパンとレバーのパテ、エビの生春巻きなど、まさにパーティー料理と呼ぶべき品が並んでいる。
「まあ、特段俺たちだけで集まる理由もなかったからな」
色とりどりの料理に目移りしながらそう言った。
「それは言えてる」
コウも俺の発言に同意した。ポリアモリーのミライとハルを除く、じゃない方の3人によるお茶会が始まった。
「コウとマヨはいつから面識があったんだ?」
乾杯の後、料理を取り分けつつ、2人に聞いた。
「中学1年生の頃ね。同じクラスだったし、部活も一緒だったの」
アボカドのサラダに手を伸ばしながら、マヨが言った。
「へぇ~何部?」
俺がそう聞くと、コウがニヤッと笑って問い返す。
「何部だと思う?」
こういう風に質問に質問で返す層は一定数いる。よくあるのが『血液型は何型?』という質問に『何型だと思う?』と返すパターンだ。しかし、まさかコウがそんな風に言うとは思ってもみなかった。むしろそういう面倒な返しを嫌いそうなタイプなのに。
「え、何部だろう」
俺がそう言うと、マヨまでニヤニヤし始めた。相当当てるのが難しい部活なのだろうか。もしかしたらこれは2人の鉄板ネタなのかもしれない。そう思うと、俄然当ててみたくなるというものだ。
「そうだなぁ、吹奏楽部?」
「はずれ」
「あ~えっとじゃあ、写真部とか」
「違うわね」
「ん~じゃあ園芸部? あ、いや、料理部、家庭科部的な?」
「3つとも違うな」
スポーツ系の部活は男女で分かれるだろうから違うとして、他にどんな部活があっただろうかと頭を悩ませる。
「う~ん、ヒントをくれ」
しかし、何もアイディアが浮かばず、不本意ながらヒントカードを使うことにする。
「……日本ならでは、かな」
コウがそう言った。
「わかった! 茶道部だろう!」
マヨの家業のことを思い出し、俺は今度こそ当てたと思った。
「それはミライの所属していた部活ね」
しかしマヨに否定されてしまう。
「マジかよ。ってかミライは茶道部だったんだな」
ミライがおしとやかにお茶をたてている様子などあまり想像できないが、きっと和菓子につられたのだろう、と大変失礼な結論をつけて、2人の部活動当てに意識を戻す。
「じゃあ、書道部か華道部?」
しかしこれまた2人して首を振った。
「ん~~~~ダメだ。無理。ギブアップ。正解を教えてくれ」
すると2人は満面の笑みを浮かべると、声をそろえて正解を告げた。
「「競技かるた部」」
自信満々だった2人の様子に合点がいった。
そこからしばらくは和やかなムードが続いた。食事も落ち着いて、マヨが食後にと人数分お茶を淹れて配ってくれる。温かい緑茶にほっと一息つくと、マヨがおもむろに口を開いた。
「ところで、ミライとハルとは仲直りできたの?」
恐らくはこれが本題。するどいマヨの右ストレートがさく裂した。
「……ミライからは謝られた。ハルとはそもそもケンカしてない」
対して華麗なステップで身をかわすコウ。
「私が聞きたいことわかってるわよね。2人の意向を踏まえてコウはどうしたいかちゃんと考えたの? 2人にその気持ちを伝えたの?」
追撃のボディブロー。しかしなぜだろう。コウはいつものように不機嫌になったり攻撃的になったりすることはなく、極めて理性的だった。
「ミライとハルの意見はよくわかった。でもこれは俺の問題だから。余計な気は回さなくていいって伝えた」
その答えにマヨは一応の納得を見せた。
「そう。ならいいわ」
それだけ言うと、マヨは茶をすすった。
風邪をひいていたのでハルには会えていないのだが、ミライは自分のせいだからと、心配して見舞いに来てくれた。その時ミライもコウとの関係は修復できたと言っていたが、いつもの元気はなかった。恐らくマヨのところでも似たようなやり取りがあったのだろう。このお茶会に誘われたとき、実は別の予定があったのをずらしてまで参加したのは、やはり俺の中で優先順位が高いのはミライだからに他ならなかった。
俺がコウの信頼に足る人物だったら、もっと事はスムーズだったのではないか。そう思うと、自分の力不足がもどかしかった。
「騒がしいのが2人いないと平和ね」
最寄りの駅への道すがら、マヨが言った。
「確かに。なんだかんだあの2人、トラブルメーカーなのかもな」
思わず笑ってしまいながらそう答える。お茶会の名にふさわしく、本日の催しは夕方にはお開きとなったものの、冬の日没は早い。あたりはすっかり暗くなっていた。見送りは良いと断ったのだが、そこはホストとして譲れないというマヨの意向をくんだ。
「じゃあ、また今度」
駅について短い別れの挨拶を済ませ、改札へと向かおうとした、その時だった。
「あれ、
ふいに誰かに声をかけられた。
「え?」
「やっぱり
親し気に話しかけてくる人物。会話の内容から察するに高校の同級生だろう。
「あ、あぁ、久しぶり」
そうやって応じるマヨの様子は明らかにおかしい。かなり激しく動揺していることがわかる。ひょっとして会うのが気まずい相手なのだろうか。同じく高校の同級生であるところのコウに確認するべく、そっとコウの方に目をやる。すると、コウは顔面蒼白になっていた。
「あれ、一緒にいるのってもしかして」
こちらに気づいたと思われるその人物は、すこし怪訝な表情を浮かべる。その目が捉えているのは間違いなくコウだ。
「
その瞬間。
「コウ!?」
コウは駅とは反対方向に走り出した。
「追いかけて」
事態についていけていない俺に向かって、マヨは言った。
「え?」
「いいから追いかけて!」
混乱していて足が動かなかった俺に、今度はきつく叫ぶ。その言葉に反射的に体が動いて、俺は慌ててコウの向かった方へ駆け出した。
『中高の同級生だからな』
『言っておくけど、こういうのは女子校だと日常茶飯事だから』
『だって修学旅行みたい。あの時も、
頭の中に浮かんでは消える言葉に気づかないふりをして、コウの背中を追いかけることに集中した。
LGBT。Lはレズビアン、Gはゲイ、Bはバイセクシュアル。そして、Tはトランスジェンダー。自認する性別と生まれたときに割り当てられた性別が一致していない人。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます