第12話 川の字

 ミライは一通り話し終えると口をつぐんだ。代わりに黙って話を聞いていたマヨが静かに口を開く。


「ミライは自分が悪いと思っているの?」


 マヨがそう尋ねると、ミライはしばらく考え込んだ後、慎重に言葉を選ぶように答えた。


「わかんない。でも、ちょっとハルの気持ちを優先しちゃったところはあって……。それに、善意とエゴは紙一重でしょ? 受け取ったコウが傷ついているなら、きっと私たちの思いはエゴで、悪いことだったのかもしれない」


 ミライの表情は暗かった。一方で、マヨは凛とした姿勢を崩さない。


「私はハルとミライの考えも分かるし、コウの気持ちもわかる。だから、どっちがいいとか悪いとか言えない」


 そう前置きすると、言葉を続ける。


「でも、少なくともミライはそれがコウのためになるって信じてたんでしょ? そして、ミライは意見を述べただけで強要はしていない。意見を述べること自体を避けてたら、そこから何も生まれないじゃない。私は天気の話しかできないような関係にはなりたくない」


 きっぱりとそう言い切った。会話のキャッチボールの外側にいる俺は、岡目八目とはいうが、しかしよくわからなかった。コウが何かを隠していて、ミライとハルは俺にその秘密を打ち明けることがコウのためになると考えているらしい。しかし、コウには秘密を打ち明けるつもりはないようだ。


 ミライに借りた本によると、秘密を打ち明ける、カミングアウトを強要することはタブーということだった。

 カミングアウトはどうしたってリスクを伴うから、本人の意思で本人のタイミングでするべきで、『話してくれないのは信用できないからなの?』と関係性を盾にしたり『お前、ゲイなの?』と直接的に聞いたりするのは、本人の意向を無視することになる。

 強制的に言わされたという体験は、自尊心を傷つけることにつながるし、逆に誤魔化したり嘘をついたりすれば、罪悪感に苦しむことになる。

 カミングアウトをしてほしいなら、その人がカミングアウトをしたくなるような振る舞いをしなさい、とその本には書いてあった。


 俺は別にコウが話したくないことを無理に聞きたいとは思わない。相手がミライだったらまた話は違ったかもしれないが、いい意味でも悪い意味でもそこまでコウに思い入れはなかった。

 だけど、ミライのためを思うなら、俺はコウがカミングアウトしたくなるような人間を目指すべきだと思った。




 気付くと終電などとっくになくなっている時間であり、その日はミライの家に泊まっていくことになった。当たり前だが恋人の家に泊まるということが意味する行為については何もしていない。ミライを挟んでパートナーシップを形成している3人が集まっているとはいえ、流石にそんなテンションでもなかった。

 とはいえ、お約束のラブコメ的な要素が皆無だったかと言えばそうでもない。


「で、どうやって寝る?」


 ミライの家で寝具になりそうなものと言えば、シングルベッドとソファのみ。


「まあ、家主のミライがベッドで、マヨがソファ。俺が床かな」


 俺は自分が一番無難だと思う提案をする。


「えー、床は寒いんじゃない? マヨちゃんと私がベッドでユウがソファを使えば?」


 するとミライが別案を提示する。個人的にはそうしてくれた方が助かる。


「いや、ミライと一緒のベッドは身の危険を感じるわ。私はソファに寝るからユウとミライでベッドを使って」


 話がまとまるかと思いきや、マヨがさらに別案を提示した。


「う~ん、それだと私がユウに手を出さないか不安というか」


 それにまさかの反応を返すミライ。さっきまでのテンションはどこへ行ったのか。


「あんたたちどんだけ」


 そしてその発言に完全に引いているマヨ。ミライはともかく、その対象に俺も含まれていることが解せない。


「じゃあもう俺の案で良くね?」


 面倒になってそう主張する。すると、ミライがさも名案を思いついたかのように声をあげた。


「あ、いいこと思いついた! マヨちゃんとユウがベッドに寝て、私がソファに寝ればいいよ!」


「「それはない!」」


 初めてマヨとハモってしまった瞬間だった。




 その後もああでもないこうでもないという議論が続き。


「結局全員床で寝るとかあり得ない」


 ミライを挟んだ向こうからマヨのあきれ返った声がした。


「でもさぁ、これこそまさに川の字、だよね? 身長的にも」


 暗くなった部屋にミライの明るい声が響いた。


「お前は楽しそうだな?」


 半ば呆れつつ、しかしミライがすっかりいつもの元気を取り戻していることにほっとしながらそう言った。


「だって修学旅行みたい。あの時も、陽葵ひまりと私とマヨちゃんの3人で川の字だったよねぇ」


 眠いのか、だんだんとか細くなっていく声に、マヨからの返事はなかった。その後、ミライからスースーと穏やかな寝息が聞こえてきて、俺も夢の世界へと落ちていった。




 この時俺は、てっきりマヨは寝てしまったのだと思っていた。でも、本当は。答えに詰まって息をのみ、目を見開いていたのだ。




 翌朝。やはりというべきか、俺たちは仲良く風邪を引いた。まさかのミライを除いて。

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