第7話 ユウとコウの仲直りの会
「先日は、大変申し訳ございませんでした」
「こちらこそ、ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
固唾をのんで見守るミライと相変わらずのほほんとした笑顔を浮かべるハル。ここに第2回顔合せ、もといユウとコウの仲直りの会が両者の謝罪によって開幕した。
「こういうのはさ、時間を置くとどんどん気まずくなるもんだから」
そのハルのひと言と、なんと奇跡的に4人のスケジュールが空いていたということもあり、ユウとコウの仲直りの会は事件の翌週の日曜日に催される運びとなった。場所は前回同様ミライの家。机の上には宅配ピザと飲み物。食器はすべて紙とプラスチックでできている。
「リベンジだし今度こそタコパにする?」
と、ミライは提案したが、俺たちはリスクマネジメントができる男だった。というか、俺に自信がなかった。
ミライが貸してくれた本は読んでみたものの、知識の面は付け焼き刃でしかない。用語の解説やら社会制度やら歴史やら、初心者向けに書かれたそれは理解できないほど難解ということはなかったが、正直、だからどうした、というのが感想だ。
今の俺は数学の公式や歴史の年表を丸暗記しただけの状態で、会話という応用問題に対応できるとはとうてい思えなかった。
「前にも言ったけど、『もしかしたら傷つけてしまうかもしれないけれど、その時は言ってくださいね』っていうスタンスでいることしかできないよ、実際」
部屋に入る直前にミライがかけてくれた言葉を胸に、俺は再びコウと対峙するのだった。
「ミライも悪かったな。部屋汚して」
コウは俺への謝罪が終わると、今度はミライに声をかけた。
「これ、カーペットのクリーニング代」
そう言って封筒を取り出す。
「え、いいよ、そんなの」
ミライは受け取ろうとしなかったが、コウは封筒をそっと机の上に置いた。
「ケジメだから。受け取って」
ガンと譲ろうとしないコウに、ミライの方が折れた。
「わかった。ありがとう」
そこで一瞬生まれた静寂。だが、それを見越していたのか、すぐにハルが全員に声をかける。
「じゃ、お腹空いたし乾杯しようか」
そこからしばらくは和やかな時間が続いた。4人とも同じ大学という共通点は、俺たちの会話を後押ししてくれた。コウは話してみると、存外寡黙ということはなく、むしろ天然ボケのミライやマイペースなハルをうまくコントロールして会話の流れを作っていた。この3人のまとめ役は、実はコウなのかもしれない。
「それで、コウはユウのこと許してあげたの?」
しばらくの歓談時間を経て、ほろ酔い状態のハルが核心に迫る質問をする。半ば当初の目的を忘れ始めていた俺はドキッとした。
「……まあ。俺もやりすぎたと思うから」
そのコウの返答に、俺はほっと胸をなでおろす。
「そうかぁ。じゃあ、ミライとユウの交際も認める?」
のもつかの間、ハルがさらに追加の質問を投げかけた。
「それは俺には関係ないことだろ」
それにちょっとムッとした様子で答えるコウ。
「関係なくはないだろ?ミライの友人でもあるんだからさ」
そんなコウにへらへらした様子で答えるハルは、ひょっとしたら思ったよりも酔いが回っているのだろうか。
「……まあ、ハルともマヨとも違うタイプだけど、悪くはないんじゃないの」
『悪くはない』のひと言に安堵しつつも、俺は聞き覚えのある単語に食いついた。
「え、コウはマヨちゃんとやらに会ったことがあるのか?」
「そりゃあ、中高の同級生だからな」
コウの答えに驚く。
「え、マジ!?」
「そうそう。つまりコウと私は小学校から大学までずっと一緒なんだよね~」
いつもよりさらに舌足らずなミライは完全に出来上がっている。
これまでの話を整理すると、小学校はコウとハルとミライ、中学と高校はコウとミライとマヨちゃん、大学はコウとハルとミライと俺が同じということになる。
「……そんなに長い間一緒なのに何も生まれなかったんだな」
そうはいったものの、コウはゲイなのだから当然といえば当然である。こんなにイケメンなのにもったいない。
「何もってことはないよ~。私の初恋はコウだも~ん」
「そうなの!?」
しかし、更なる衝撃の事実に思わず叫んでしまう。
「んふふ〜そうだよ〜? まああの時は、コウだけどコウじゃないっていうか、まあコウなんだけど」
「ミライ~、飲みすぎ」
もっと詳しく話を聞きたかったが、若干何を言っているか分からなくなってきているミライをハルが制止し、持っていた紙コップを取り上げた。
「あ~まだ飲む~」
食い下がるミライをひょいとかわして、ハルは紙コップをミライの手の届かないテーブルの端に置いた。
「ま、無事に仲直り出来て、自分もコウも文句はないし、もうミライもこんな状態だから、今日はお開きにしようか」
そんなハルの鶴の一声で、この催しはそこで閉会となった。ミライの面倒をハルが見ている間に、俺とコウは部屋を片付ける。
「そういえば、マヨちゃんてどんなやつなの?」
手を動かしながらコウに尋ねる。もしかしたらまたミライが引きあわせようとするかもしれないという事情もあるが、単純に興味があった。
「そうだな。基本はクールでサバサバしてるけど、涙もろくて人情派。面倒見がよくて頼れる感じ、姉御肌ってやつかな」
なるほど。それは確かにハルとも俺とも違うタイプだ。しかし。
「姉御肌? 兄貴肌じゃなくて?」
すると、コウはしまったという顔をした。
「あー、油断した」
「はは。そうだよ、男に姉御肌はオカ……あ、いや、うん。ちょっと違うだろ」
危ない。危うくまた差別用語を発するところだった。ここにきてご破算は避けたい。なんとか持ちこたえた俺に、コウは呆れた表情を見せた。
「いや、俺が『油断した』って言ったのは、ジェンダーニュートラルな表現じゃない言葉を使ったことに対してだから。マヨは女性ジェンダーなんだから、使うなら姉御肌の方だと思うけど?」
ジェンダーニュートラルな表現というのは、性別を思わせるニュアンスを含まない表現ということだったはずだ。『姉御肌』や『兄貴肌』は言葉自体に男や女の概念が付随してしまっているので、使うべきではなかったということだろう。それはいいとして、俺はコウの最後の一言がどうしても気になってしまった。
「え、マヨちゃんて女なの?」
俺が驚愕を顔に張り付けて尋ねると、コウはすべてを察したようだった。
「……ミライから聞いてない?」
「聞いてない」
「いや、でも、『ちゃん』って敬称を使っている時点で気づかなかったのか?」
「あ、てっきり『やまちゃん』みたいな感じかと」
「……会う前に知ることができて良かったな」
本当に。会う前に知っていなかったら今回の二の舞になっていた可能性は十分にある。コウに聞いておいて良かった。
「……わかってると思うけど、ミライは天然に見せかけてしっかりしているようで本当に天然だから気をつけろよ」
流石小学生の時から一緒だという人間の言葉には重みがあった。
「肝に銘じます」
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