第6話 笑顔の力

『ハルに会っちゃったって本当!?』


 カフェを後にした俺に届いたミライからのメッセージ。


『今日はもう授業ないよね?少し話さない?』


 反応に困っていると、次いで送られてくるメッセージ。会いたいような、会いたくないような。


「ユウー!」


 どうしようか迷っていると、なんとミライが大声で駆け寄ってくるではないか。


「え、なんで」


 戸惑いを隠せずにいる俺に、ぜえぜえと肩で息をしながら、ミライは得意げな顔で答えた。


「カフェにいたって聞いて、今日はもう授業ないから、多分こっちの方に歩いていると思って」


 完全に行動パターンを読まれていることに若干恐怖した。




 ひとまず場所を移して駅近くの喫茶店に入った。


「私はロイヤルミルクティーで」


 ミライは注文を済ませると、額の汗をぬぐった。


「はあ、久しぶりに全力疾走しちゃった」


 パタパタと手で顔に風を送るミライ。


「ミライ、授業は?」


 確かミライはこの時間、授業をとっていたはずなのだが。


「うん、大丈夫。私真面目だから今日1日くらいさぼっても余裕」


 つまりは心配して俺を追いかけてきてくれたということが嬉しくもあり、同時に情けなくもあった。


「ハルはミライに何て連絡したんだ?」


 あれからそれほど時間も経過していないから、じっくりやり取りする時間はなかったと思うが、確認をとる。


「うーん、なんかばったりカフェで会ったよって。それからフォローしたほうがいいかもって。それだけ。詳しくは何も聞いてないんだ」


 すると、予想よりもだいぶ雑なやり取りしかなされていないことが判明した。ハルはどこまでもゴーイングマイウェイだった。


「よくそんな雑な情報で授業さぼる気になったな」


 俺は半ば呆れながら答える。


「そりゃそうだよ。ユウは私の最優先事項なんだから!」


 ミライの瞳は真剣で、どんよりしていた気持ちがぱっと明るくなるのを感じた。


「こういうことを聞いていいのかわからないんだけど」


 俺はそう前置きして、ミライの瞳を見つめる。


「最優先っていうのは、ハルよりもってこと?」


 どんな返答になるのか、期待と不安に心拍数が上がる。ミライは口をつけたティーカップをそっと置くと、少し考え込んだ後に答えた。


「う~ん、それは時と場合によるよ。でも、今は最優先かな」


「今?」


「うん、今。少なくともコウとの仲直りが済むまでは」


 そう言って、ミライは付け合わせのクッキーに手を伸ばした。その答えは予想通りで、期待したほど嬉しくもなく不安に思っていたほど悲しくもなかった。


「あ。そういえば、ハルが同じ大学だって知らなかったんだけど」


 少し不満げに抗議したところ、ミライは更なる衝撃情報を投下した。


「そうなの。実をいうと、コウも同じ大学なんだよね」


「マジ!? え、つまり、俺たちみんな同じ大学なのか!?」


「そうだねぇ。私とユウ、ハル、コウは同じ大学の学友なのでした。あ、マヨちゃんは違うけどね」


 そういう重要な情報は前もって知らせてほしかった。


「じゃあコウとも鉢合わせする可能性があるわけか?」


 それに少し絶望的な気持ちになる。


「うーん、どうだろう。コウはキャンパスが違うから、うっかり出くわす可能性はとても低いと思うよ? というか、そもそもうちの大学大きいのにハルと会っちゃったことが運命的かも」


 運命と言えば聞こえはいいが、しかしミライの言う通り俺たちの通う大学の学生数は多い。キャンパス内にも何個かカフェや食堂があり、大学周辺にも学生向けの店が点在している中で、偶然出会ったのは奇跡かもしれない。


「それで、ハルに何か言われたの? 大丈夫?」


 いつもならもう少し遠慮がちな素振りを見せるミライが、今日は余裕がないように見えた。


「いや、別に変なことは言われてない。というか、むしろ応援された感じ?」


 そう返すと、見るからにほっとしたようだった。


「なんだそっかぁ。フォローとか言うから、取っ組み合いのケンカにでもなったのかと」


「いやいやいや、大学生にもなってそんなこと……は。あぁ。まあ、ちゃぶ台返しはあったけど、あれはコウだろ?」


 ミライの余裕のなさの理由がわかって、少し笑ってしまった。


「そうだけど。ハルって基本的には穏やかに見えるけど、割と後先考えないところあるから。実はキレたらコウより手が付けられないよ」


「え、マジ?」


 あのコウより手が付けられないとは。普段温厚な人ほど怒らせると怖いと言うけれど。


「……ちなみに、ミライが怒ってるの見たことないんだけど、どうなるの?」


 本人に聞くことではないかもしれないが、確かめておきたくなって聞いてみる。


「私? 別に一般的だと思う。しばらく本気で怒ったことないからわからないけど」


「そ、そうか」


 その返答に安堵する。


「うん、でも、だからと言って怒らせないでね?」


 しかし、後に続いたその言葉と妙に穏やかな笑顔は俺の背筋を凍らせた。




「……ユウはさ。やっぱり、最優先とか一番とか唯一とか、そういうのにこだわりがあるの?」


「え?」


「前もそんなこと言ってたし、今もこだわってたような気がしたから」


 ミライはやはりするどい。


「どうだろう。どっちかというと、そういう恋愛しか知らなかったからこだわっているだけかもしれない」


 『逆に本当に好きって何?』というハルの言葉が頭の中に響いた。


「そうなんだよね。私には、ユウは束縛とか嫌いそうに見えるもの。楽しい時間を共有できるとか、お互いのことを尊敬できるか、尊重できるかとか、そういう方が重要じゃない?」


「うん」


 ミライは何かを押し付けることはしない。でも自分の意見もちゃんと持っている。心配して駆けつけて、俺のことを大切に思ってくれているのがよくわかる。付き合い始めてから1月ほどではあるが、ミライとの距離感は心地よいものだった。


「後は何か気になっていることはあるの?」


「うーん」


 とはいえ、どうしてもハルに嫉妬してしまう自分がいる。だが、それを言うのは男としてのプロイドが許さなかった。


「いや、特にないけ――」


「あ、あとちょっと気になってたんだけど」


 誤魔化そうとしたところ、ミライが食い気味に俺の発言を遮った。


「なんかこう、内輪のノリっていうのかな。そういうのが出ていて疎外感とか覚えちゃったりしなかったかな?」


 するどい。恐らくはそれなのだ。最優先とか一番とか唯一とか、そういうのにこだわる理由。自分が中に入れない疎外感。


「気を付けようとは思っているんだけど、小学生の時からの付き合いだからついね」


「小学生!? え、まさか当時から付き合ってるのか?」


 そんなに長い付き合いだったとは思わなかったので流石に驚いた。


「あ、違うよ。付き合い始めたのは高校生の時からだから。中学の時はちょっと疎遠だったし。高校生のときに偶然再会して、なんやかんやあってって感じ。だけど小学生の時も仲が良かったからいわゆる腐れ縁かな」


 そんなに長い時間を過ごしてきたなら、やはり俺の入り込む余地はないのではないか。そう思ってしまう。


「だからハルもコウもどっちかというと家族に近いっていうか。キュンとするよりはホッとする感じ。その点、ユウにはキュンてするしムラムラするよ!」


「む、ムラムラ!?」


 思わず生唾を飲み込んでしまった俺に、ミライは照れながら笑った。


「えへへ」


 その顔があまりにも可愛くて、抱えていたモヤモヤが吹き飛んでしまった。やっぱり俺はミライのことが好きだ。ミライのためなら、興味のない分野の勉強だってするし、怪獣とだって戦おう。俺は決意を新たに、コウとの再会にそなえるのだった。

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