第2話 未知との遭遇、第2弾の予告

「今度の土曜日、暇?」


 ミライと付き合い始めてから1月が経とうとしていた頃だった。半ば流されるような形でスタートした付き合いだったが、今のところ目立ったトラブルは起きていない。というのも、件の2人とやらの影を全く感じずに済んでいるからだろう。


 あのやり取りの後、無事2人から了承をもらえたということで、改めて正式なお付き合いがスタートしたが、なんだかんだと暇があれば連絡を取り合っているし、少なくとも週に1回は2人の時間を持てている。付き合いはじめとしては若干少ないようにも思うが、もともと俺は恋人がいても自分の時間は大切にしたいと思っている方なので、むしろ今の距離感は心地の良いものだった。


 とはいえ、デートに誘ったときに、別の予定があると言って断わられると、もしかして例の2人のどちらかとの予定なのではないか、と女々しくも勘ぐってしまう自分もいるにはいるのだが。


「特に予定はないな」


 俺は自身のスケジュールを思い出しながらそう答えた。


「じゃあ、うちでタコパしよう!」


 すると、ミライがとても嬉しそうにそう言った。うちで、というのはつまりミライの部屋で、ということだろうか。それはいわゆる『お誘い』なのではないかと思って、少し浮足立ってしまう。


「いいね、タコパ」


 内心のドキドキを隠しながら平静を装いそう答えると、例によってミライはまたとんでもないことを提案する。


「良かった。実はハルとコウも呼ぼうと思って」


「……え?」


 未知との遭遇、第2弾の予告だった。




「えっと、ハルってもしかして」


「うん、私のパートナーの1人だよ」


 屈託のない笑顔で答えるミライ。ミライはいつも楽しそうだ。


「そいつを呼びたい、と?」


「うん」


「えーっと、なんで?」


 ミライは俺とハルを引き合わせたいと思っているのだろうか。ポリアモリーではそれが普通なのか。正直モノガミーが普通と思い込んでいた自分からすれば、本命と浮気相手の鉢合わせのような印象がある。


「え、タコパは人数が多い方が楽しいでしょ?」


 しかし、ミライは俺の戸惑いがわかっていないのか、斜め上の回答をする。俺はそれに力が抜けてしまった。


「いや、そういうことではなくて。俺とハルってやつが同じ空間に居合わせるわけだろ?」


「そうだね」


「えーっと、どんな話をすればいいんだろうか」


 実を言うと、昔そういう修羅場に遭遇したことがある。すべてはただの勘違いだったのだが、人間というのは怒りなどの感情が爆発していると人の声が耳に入らないらしい。正直もう二度と経験したくないと思っているのでこの手の話には後ろ向きだ。


「え、ユウってそんな人見知りするようなタイプだったっけ?」


 ところがどっこい、ミライの天然ボケはとどまることを知らないようだ。またもこちらの意図が伝わっていないようで落胆する。


「いや、だからそういうことではなくて。恋人を共有している関係同士で仲良くなれるものなのか、わからないな、と」


「あ、そういうことね。緊張しちゃうってことね」


「うん? まあ、そういうことかな」


 本当は直球で聞くべきなのだろうが、浮気ではない、と散々言われている手前、本命と浮気相手の修羅場のようになるのでは、とは言い難い。


「まあ、気持ちはわかるよ。実を言うと私もものすごく緊張しているもの」


「え、そうなの?」


 どうしたものかと考えていると、ミライから意外な返答が返ってきた。


「そりゃあするよ。例えるなら、はじめて家族に恋人を紹介する感じ? 仲良くなってくれるかなってドキドキするよ」


 それは、ハルの方は既にミライにとっては家族のような存在ということだろうか。そう思うと、胸に鉛のようなものが落ちてきた気がした。


「……ユウ?」


 普段は天然なくせに、こういった感情の機微には聡いミライが不安げに俺の名を呼ぶ。俺は心の中の黒い靄を無理やり吹き飛ばした。


「いや、うん。つまりミライは俺とハルには仲良くしてほしい、と。そういうことだな」


「そうだけど……」


「うん、まあ、同じバンドのファンみたいなものだと思えば仲良くできるかもしれないって思い始めたよ」


 とっさにそう答えたが、口にしてみると存外その通りのような気もした。特定のバンドのコアなファン同士のようなものだとしたら、もちろんそれゆえに仲違いする可能性もあるが、同時によき友人になれる可能性もあるのではないか。


「……うん、ハルとユウが仲良くなってくれたら嬉しい。もちろん無理に、とは言わないけど」


 少し消極的になってしまったミライを安心させたくて、俺はいつもより明るい声で答える。


「まあ、会ってみないとわからないから会うだけ会ってみるよ。今週の土曜日は空けておく」


「うん、ありがとう」


 笑顔が戻ったミライにほっとする。やっぱりミライには笑顔が似合う。気が抜けたからなのか、ふとミライの最初の話を思い出す。


「あれ、確かもう1人声かけようとしていたよな?」


「あ、コウのこと?」


「そうそう。コウって誰?」


 確か、ミライのもう1人の恋人は『マヨちゃん』ではなかったか。新しい恋人のお披露目の場に無関係の第三者を呼ぶだろうか。


「あー、コウは……」


 いつになく歯切れの悪いミライ。そこでハッとする。そう、ミライはポリアモリーなのだ。ということは、ひょっとしてまた新しい恋人候補なのではないだろうか。そんな可能性に気づいてしまって、内心の焦りが高まる。


 しかし、答えはまたしても予想だにしないものだった。


「えっと、ハルのパートナーだよ」


「ん?」


「本当は本人から聞いた方がいいことだけど、いちよう了承をもらっているから話すね。ハルもポリアモリーなの」


 おかしい。まだ関係者はまだ5人だけなのに関係性が複雑すぎないだろうか。それは土曜日がくるのが恐ろしくなった火曜日の出来事だった。

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