第12話 甘かった

「は?」


 目に入る光景に唖然とする。

 え?


「なにこれ」


 アシビは目の前に広がる景色に驚くこともなくさっさと食堂の中に入っていく。のを袖口を掴んで阻止した。


「ちょ、まって。これなに?」

「何って、何がですか? 貴女の世界には食堂がないのです?」

「何この子供の数。何? このお城では子供を預かってるわけ? それともこの城で働いてるメイドとか執事の子供?」


 目の前の、学校の体育館よりも広い食堂の中ではワイワイと子供のはしゃぐ声が響き渡る。

 みるからに子供。しかも中学生にもなっていない。小学生。

 先程のあの執事の後ろにずっと隠れていた男の子と同じくらいの年代の子達が、ワイワイと食事を思い思いにとっている。

 ざっと見て数十人は余裕でいる。1クラス分ぐらいはいるんじゃないだろうか。


 気持ち悪い胸元の違和感と気持ち悪く鼓動する心臓が、まさかと私の不安を煽る。

 

 違うよね? まさか、そんなことしてないよね?

 

「そんなわけないでしょう。この子たちは貴女と同じ、異世界から来た人達です」


 ドックンと心臓が大きな音を立てた。


「嘘」

「こんなくだらないことで私が嘘を吐くと思ってるんですか?」


 アシビの声が遠い。

 だって、こんなに、こんなにも小さい子達が召喚されたってどう言うこと?

 小学生にしか見えない。しかもまだ小学生になったばかりじゃないのかってぐらい小さい子たちもいる。

 食堂で騒がない、というマナーもまだまだ守れそうにないこんな、こんなにも幼い子供たちが、親元から離されてるって、何?

 テレサは、こんなに小さい子達を誘拐して、能力を開花させて他国とのマウントの取り合いの為に利用しているってこと?


「は? どこ行くんですか?」


 食堂から踵を返す。

 心臓がどんどんと私を煽るように高鳴っていく。

 食堂の扉を閉めることもせずに、先程歩いてきた廊下を引き返す。

 怒りを足に乗せているからか、随分と乱暴で足の速度が早い。


「食堂にきて何も食べないで帰るとか何を考えて――」

「アシビ、なにあれ」

「は?」


 怒りがこみ上げる。頭が熱くなって体が震える。

 怒りをどうにか抑えようと足に力を込めて、一刻も早く人目のない私の部屋に戻ろうとするけれど、どうしようもなく私の部屋が遠い。

 怒りの頂点のほうが早く着きそうだ。


「私の部屋どこ。案内して」

「行ったり戻ったり……貴女は何がしたいんですか?」


 その私の心境を何も分かってない冷たい言葉にもう歯止めが利かなくなってしまった。

 生憎自室には間に合わなかったけれど、食堂近くを離れたからか人の気配はないのが幸いだった。


「あれは、なんなの」


 アシビに詰め寄る。大声で怒りをぶつけないようにするのが今の私には精一杯で。本当なら、ここが私の自室なら思いっきり怒鳴ってやりたかった。

 

「ねえ、あれなに? なんであんなに小さい子達が召喚されてんの? ふざけんじゃないわよ」

「あぁ、怒っていたんですか。貴女はいつも唐突ですね」

「あの子達は子供でしょ? なんで? なんでそんな……そんな酷いことができるの?」

「貴女がなぜ怒るんですか? 貴女には何も関係のないことでしょう。というか、私に怒りをぶつけられても困ります。私が召喚したわけじゃないので」


 淡々と私にこたえるアシビに酷く腹が立つ。

 分かってる。アシビが召喚したわけじゃないことぐらい分かってる。


 でも、この異常性を誰もおかしいと思わないの? 年端もいかない子供を召喚して、親と離れ離れにして戦闘訓練を行うその所業がどれだけ悪魔じみているのか、この国の人は、この城に住む人たちは我を振り返ることもしないの? この国では、この世界ではそれが普通なの?


「おかしいと思わないの? あんなに小さい子供よ? あんな子達を召喚するなんて、本当に、なにも、どこもおかしいとは思わないわけ?」

「さぁ」


 その一言だけ。

 カっと頭が熱くなった。けど一つ下手くそな深呼吸もどきをしてどうにか耐え抜く。

 本当に、怒りで自制が利かなくなりそう。


「テレサはどこにいるの」

「用事があると先ほど申していました。真横で貴女も聞いていたはずですが」

「どうでもいい。テレサに会う。テレサは今どこにいるの」


 テレサだ。アシビじゃない。

 私を召還したのも、10歳にも満たないような子供たちを召還したのも、全部テレサだ。

 私の今にも千切れて無くなりそうな理性が、アシビではなくテレサに怒りをぶつけろと窘めてくる。


「なんでこんな悪魔みたいなことしてるのか聞きに行く。ねぇ、テレサは、今どこにいるの」

「そんな状態の貴女にテレサ様の居場所をお伝えするとでも?」


 なのにアシビはどこまでも分かってくれなかった。

 アシビの胸元を掴み上げる。いつかのテレサの時のように。思い切り力を入れて。


 それが気に障ったのか、アシビは傍から見てもわかるくらいに眉を寄せて不快感を露わにしていた。


「今すぐその汚い手を離さないと切り落としますよ」

「うるさい。テレサはどこにいるのかって聞いてんの。私のメイドなんだから口答えせずさっさと答えろ」


 アシビは右手を自身の腰のあたりに持っていき、そのまま私の両手にいつの間にか右手に持っていたナイフを這わせた。

 視界の端で私の左手の手首あたりに一筋の真っ赤な線が浮かび上がる。


「警告はしましたから」

「騒がしいと思ったら……貴様らここで何をしているんじゃ!」


 アシビの鋭い殺気をかき消すように、怒気を含んだ耳障りな声が聞こえてきた。

 そちらに意識を向けるとガシャガシャと金属音がぶつかる音もする。どうやらアシビに詰め寄っていた私の背後から人が歩いてきていたらしい。

 つんつるてんの背の低いあの召喚の際にいた髭おじさんがまた飛び跳ねて怒りを露わにしていて、両脇には騎士のような格好をした護衛が2人がいて


「テレサ」

「どうかしましたか?」


 今一番会いたかった人がそこにいた。


「げっ、貴様はあの時の無礼者! 姫様に話しかけるでない! 無礼者め――」

「ねぇテレサ、食堂に子供がいたの」

「あぁ、今の時間帯はあの子達が食事を摂る時間でしたね。無事同胞達に会えたようで何よりです」


 何の戸惑いもなく、後ろめたさもなく私に告げる。にこやかに。


「っ、どういうつもり!? あんな小さい子供も召喚したの!?」


 アシビに掴みかかっていた手を外してテレサに詰め寄ろうとした。がテレサの両隣にいた騎士然とした格好の奴らに片手で押し留められる。

 その奥でテレサはにこやかに笑っていた。


「ええ。何か問題でも」

「なんでそんなに冷静なのよ! おかしいんじゃないの!?」


 気が付けば私は我慢していたはずの大声を張り上げていて、騎士然とした奴の進路を拒む片手をどかそうと手首を掴んでいた。

 金属特有の冷たくて硬い感触が手のひらにじんじんと伝わっていく。


「ねぇテレサ。あんたが進んであの子たちを誘拐したの? 間違えたの? あんな小さい子達を選んで召喚してきたわけじゃないわよね?」

「貴様ぁ! ワシの話を遮るとはいい度胸じゃ! これ! さっさと姫様からそいつを引き離さんか!」


 その言葉を受けて騎士然とした二人が私を押しのけようとする。


 私は信じたくなかったのかもしれない。例え私を誘拐してきた極悪非道のお姫様だろうと、そこまで酷いことはしないだろうと。

 テレサが年端も行かない子供を誘拐して戦争の道具に、ただのマウント取りに利用しようとしてるだなんて、そんなこと信じたくなかった。

 だから一縷の望みをのせてテレサに問いかける。


「誰かに脅されてるの? それとも召喚する相手を間違えたの? ねぇ、テレサ……そうだよね……?」


 縋るように言葉を紡ぐ。最後の方の言葉は自分でも分かるくらいに震えていた。

 テレサはそんな情けない私を見ながら私を拘束しようとしていた騎士然の2人を手で制して動きを止める。


 そうしてテレサの良心に縋る私に綺麗な微笑みを浮かべたまま悪魔のような言葉を紡いだ。


「いいえ。全て私の意思で行いました。あの子達を指定して呼び出したのも私。貴女をご家族やご友人のもとから引き離したのも私。全て私の意思です」

「……なんで」


 聞き分けのない子供を諭すようにテレサは言う。


「エリ。考えてもみてください。20代30代の自我や考えが凝り固まっている大人を選ぶより、10代の。まだ柔軟な思考が残っている子供の方が利用しやすいでしょう?」


 あぁ。甘かった。

 私の考えは甘すぎた。

 

 多分絆されていたんだと思う。

 キスされて、少し会話しただけで平和ボケしていた私はテレサの事を心の底から憎めなくなってたんだ。


 私が平和な国で、平和な地域で、平和に生きてきたから。こんなに悪魔みたいな人間がいるなんて理解できなかった、しなくなかった。


 もう頭に血が上りすぎてよく分からない。

 けど多分、こいつは今ここで殺すべきだと思う。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る