第10話 いつかは殺すってこと?
「寝ないんですか?」
「あんたが近くにいるなら話は別。てかそこ自室なんでしょ? 自室に戻りなさいよ」
ベッドから起き上がってしっしと手で払う。
アシビは無表情。かと思いきやまた相手を馬鹿にする笑みで私を見下ろしてきた。
「専属使用人ですから。あなたの意識がなくなるまで片時も傍を離れるわけにはいかないんですよ。例えそれがどうしようもなく頭の足らない愚図人間だとしても」
「あのさぁ、一々こっちに突っ掛からないと会話もままならないわけ?」
「あぁ、すみません。これが私の唯一の逆転で」
「あーあめんどくさ」
「確かに。私も貴女の相手をするのに疲れました」
「なら自室に戻って休むとかメイドらしく城の掃除とかしてくれば? 私もあんたと離れたいし」
「あぁ……それができたらどんなに幸せか……お生憎ですが貴女の傍から離れることができないのです。はぁ、専属使用人になることでこのような弊害が出ると言うことを忘れていました」
「……」
アシビのイラつく発言は置いておき、少し手を顎において考える。
こんなもんだっけ?
この国が威信をかけて異世界から人を召喚し、他国とのマウント取りに使用している異世界人。そしてその異世界人はそれぞれ能力を開花させる。だからこの国としても異世界から来た異世界人を匿うような形で城に住まわせている。
うん。確かにこの国にとっては異世界人は重要なんだろう。だから異世界人には専属使用人をつける。
「ねぇ、この世界ってモンスターとかいるの?」
「聞きなれた質問ですね。はい、います。」
あーやっぱりいるんだ。まぁそうか、魔王がいるくらいだし。
「そのモンスターっていうのは知性はあるの? それとも他の動物みたいな? あ、動物っているの?」
「次から次へとめんどくさいですね」
「テレサが分からないことがあればアシビに聞いてください。って言ってたんだけど。残念」
「アシビがめんどくさいって言ってたってテレサに言っとく」とアシビに言う。
と、その言葉を言い終える前からこれまでの態度とは嘘のように言葉を放ち始めた。
「モンスターは知性はあります。ないものも多いですが、あるものにはあります。つまり低級モンスターには知性はないですが、ドラゴン等の高級モンスターには知性はあるとされていて、偶に高級モンスターと会話をしたという報告も上がってます」
「わぁとっても饒舌」
「動物、というのは貴女の世界にいる羊や熊や犬猫のことですか? 定義がわからないので何とも言えませんが『貴女の世界にいる先に挙げたような生き物がこちらの世界にもいるのか』という質問でしたら、いる、と答えられます」
「へぇ」
私の質問に答え終わったアシビはテレサのことを出したから怒っているのか、無表情とは言い難く眉間に皺を寄せて未だにベッドに座る私にぐちぐちと嫌味を言い続けている。
私はそれをすべて無視してまたアシビに質問を投げかけた。
「ねぇ、異世界人は魔王討伐に行ってるの?」
「当たり前のことを」
「じゃあそのアシビみたいな専属メイドって、仕える異世界人が魔王討伐に行ったらどうするわけ?」
「どうも何も一緒についていきますが」
「は? なんで?」
「専属使用人ですし」
そういうもん?
国のお姫様が魔王討伐に行くからメイドがついていく、なら分かる。でもこれまでに何十人。下手したら何百人と呼んでる異世界人にそこまでするものなの?
異世界人の部屋の中にメイドの部屋があるのだっておかしい。
主人とメイド。身分が違うのだから、普通はメイドの部屋が主人の部屋の中にあるわけがない。
「専属メイドの部屋が異世界人の部屋の中にあるのって、私だけ?」
「いいえ? 全ての異世界人の部屋がそうなってますが」
「……ねぇ、もしかして専属メイドって」
「そうですよ。監視役です」
「うーわ」
言っちゃったよ。こういうのって普通当事者にはひた隠すもんでしょ。
「監視役を体のいい『専属使用人』って言葉に変えるとか。本当良い性格してる」
「お褒めに預かり光栄です」
「こういうのって隠すんじゃないの? 私に言っちゃっていいわけ?」
「貴女ごときに言ったところで何も変わらないですし」
「他の異世界人に喋る」
「あぁ、本当に馬鹿なんですね、貴女は」
そこまで言ってアシビは片膝をベッドに乗せる。
左手が私の首にゆるりと巻き付いて、そのせいでさっきの首絞めの息苦しさを思い出して思わず肩が跳ねてしまった。大げさなくらいはっきりと跳ねた。恥ずかしい。
それを補うようにアシビを睨みつけると、アシビは私が肩を跳ねさせた理由を見通してるかのように片方の口端を釣り上げて私を嗤う。
「まぁ、それも仕方のないことなんでしょうか。貴女はまだ他の異世界人に会っていないから」
どうしても、首を蛇のように巻き付く左手に意識が向く。
いつまた首が締められるか。また呼吸ができなくなるかと体が緊張していく。
不安に暴れる心臓を落ち着けるために、右手でアシビの蛇のような左手を抑えつけた。
「ふ、怖いですか?」
「は?」
「何もしませんからご安心を。だから、そんなに縋るように私の手を握らないでください…………我慢できなくなってしまいますから」
そう言うとアシビはさぞ楽しそうに目を細めて、唇の両端の引き上げて嗤った。
その顔が狂気じみていて体中に鳥肌が立つ。
「っ」
思わず両手でアシビを思いっきり突き飛ばした。
「あらあら。怖がらせちゃいました?」
「は? 怖くなんてないし……!」
けどやっぱり、予想通りにアシビはピクリとも動かなくて。それでもアシビは自主的に私の首から左手を開放した。
「……」
こいつやっぱりおかしい。何なの。テレサといいこいつといいこの国変な奴しかいないの?
「そんなに睨まずとも貴女を殺しはしませんよ。今はまだ」
「……なにそれ。いつかは殺すってこと?」
「さぁ?」
先ほどの狂気に塗れた笑顔から打って変わってアシビは無表情になった。
先程のいきなりの首を絞める行為といい、今の行為といい。
このままこいつとこの密室空間にいると何をされるか分からない。
「もういい。食堂行く」
「はぁそうですか」
「案内して」
睨みつけてそういうとアシビは大きくため息をついて私の部屋のドアを開けた。
素早く自室を抜けて嫌味なくらい白い廊下に飛び出す。
途端に空気が軽くなったような、息がしやすくなったような感覚を覚えた。
考えてみると、私がここの世界の人とまともに話したことがあるのはテレサとアシビしかいない。
そのことと、アシビの先程の異世界人に関しての発言が気になった私は、真意を確かめるために食堂に行くことにした。あと腹ごしらえのためにも。
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