第7話 思春期男子か?

 テレサの説明を聞く限り、どうやらこのお城は漢字の『回』のような構造らしい。

 ただ漢字の回のようにシンプルではなく、『口』の中にもう1つ『口』があり、その中にも『口』があり、さらにその中にも……という感じでマトリョーシカのように何個もの『口』でこの城は形成されているのだと。


 その一番奥、真ん中の『口』の中にテレサの部屋があるらしい……そんな厳重に守られているのに私のような初対面で敵意むき出しにしてくる女を易々と部屋に引き入れるのだからやっぱりテレサは少しおかしいと思う。


 そして世界でも有数の大きさを誇るお城だとも聞いた。

 召喚した異世界の人々をお城に匿うためにはどうしても大きさが必要だったらしく、改築に改築を重ね広く大きくしていったと。だから回の字型のお城になったのか、と納得した。


「エリ、食事はどうされますか?」

「え? あ、あー……食事ね。あぁ、うん。食事ね」 

「?」


 ダメだ。まだぎこちない。

 あの場所から出て、車が余裕で通れるほど広い廊下でお城の話を聞きながら約数分。

 私は未だにあの唇に当たった柔らかさを反芻していて、気が付いたらテレサの目じゃなく唇に行こうとする視線をごまかすのに必死だった。


 これじゃダメだと頭を振って、テレサとは反対側の真っ白に磨かれきらきらと光を反射する綺麗な壁を見つめながら会話しようと、不自然すぎるほど真横に顔を向かせて喋っていたのに……何故かチラチラとテレサの方を向いてはその度に顔を背けてしまう私……


 いやなにこれ。思春期男子か? 


 いやいや、え? なんでこんなに青春漫画に出てくる好きな子を目の前にした思春期男子みたいな真似をリアルでしてるの私。え? キモくない?


「ぅぐ……」

「あの、エリ? どうかしましたか?」


 待って。おかしい。落ち着け。テレサは私を誘拐した張本人。私から平穏な日々を奪って他国とのマウント取りのためだけに誘拐したやばい奴。私の大好きな抹茶パフェも、オムライスももう二度と食べられなくしたクソ女。

 そんな女に、テレサに向かって思春期男子みたいなベタベタ反応見せてる私は何なの? プライドとかないのか? 


 いいや、私だってプライドはある。てか怒りがある。こんな異国の地に自分勝手な

理由で呼び出した自分勝手な女を私が好きになるなんてありえない。ありえる訳ない。どれだけテレサが絶世の美女でも、その声が小鳥の囀りより綺麗だろうと全然関係ない。


 安寧をくれていた優しい白壁とは別れを告げて、私は勇気を振り絞りテレサに顔を向け続けた。

 

「……? あの、大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫。食事の件だけど」

「あぁ、そうでしたね。ここに住まう者は殆ど食堂で食事をとっています。使用人も合わせると何百人と住んでいるので、時間は特に定めていませんが大体4時から20時までだと思っていてください」

「うん」

「なので今食欲がないとしても後ほど食事をとることはできますので、ご安心くださいね」

「うん」

「あとは、エリにもエリ専属の使用人を紹介したいなと思っているのですが……」

「うん」

「エリ? 顔が赤いですよ?」

「うん」

「もう、ちゃんと話聞いてますか?」

「うん……!?」 

 

 半ば上の空の私が気に入らなかったのか、テレサは歩みを止めて私の頬に手を当てる。体を傾けて私の顔を下から覗き込むようにして首を傾げる。

 目元にかかる髪の毛と、少しだけ開いた唇と、唇から僅かに見える赤い舌とがまた私を狂わせる。


 唇よりも赤くて、濡れていて、見ているだけで心臓がギュッとなって、気を抜くと私の熱くて得体のしれない、ハートに塗れた感情が口から零れだしてしまいそうで。

 それを吐露しないように、自分の口を大雑把なくらい固く結んだ。


「ふふ、エリってば」

「ぅ、な、なによ……」


 また体を寄せてくる。

 テレサはなんでいつもこんなに近くに体を寄せてくるの……!? 他人との距離感おかしいでしょ……!

 

「目、潤んでますね。先ほどからずぅっと私の唇ばかり見てますし……そんなにキス、気持ち良かったですか?」

「ち、ちがう! し、全然、唇とか見てないし……!」

「本当に可愛らしい方」


 そう言ってテレサが私の固く結んだ唇にそっと手を這わせる。

 テレサの親指がゆっくりと、大切な器官に触れるようにゆっくりと私の下唇をなぞっていくうちに、固い決意と共に結んだ唇が雪が太陽に溶けていくように力が抜けて、親指を迎え入れるかのように唇が開いていく。


 蠱惑的に光る紫がかった色の目の光が私の心に色を塗りたくるように、私の心の色を犯してくる。


「気持ち、良かったですか?」

「……う、ん」

「何度でも良いですよ。エリが望むのなら」

「え」

 

 もうとっくに開いてしまった私の唇をなぞり終えた親指に、テレサは自らの唇をそっと押し付けた。

 柔らかな唇が親指に沿って形を変える。


「ぁ……」

「ね、エリ」


 嫌いになりたい好きな声が、私の鼓膜を震わせる。


「まって、我慢できなくなるから、ちょっと待って」

「我慢しなくていいの。ほら」


 気が付けばテレサの唇に合った親指が人差し指に変わっていて、トントンと自分の唇を指し示していた。いつもの微笑みを携えて、私の行動を待っていた。


 ぐるぐると目が回るんじゃないかってぐらい高速に思考が回る。

 キスしたい欲望と、絶対にキスしてはいけないという理性とが、ぐるぐる。ぐるぐると順番に顔を出して、私の脳みそを困らせていた。


 いや、そもそもなんでキスしちゃダメなんだっけ? ダメな理由なんてある? ないよね。なら別にテレサとキスしてもいいでしょ? ダメな理由なんて……


 だめだ。考えられない。


「テレサ……」


 逃げられないように腰に手を回す。腰に回した手は自分でも自覚があるくらいに力を込めている。

 肝心のテレサはもう何も言わず微笑んでいるだけだ。これは肯定と見ていいだろう。

 つまり、私と唇を重ね合わせることに異論がないってことで、いいと思う。

 

 私は熱に浮かされた頭のままテレサに顔を近づけようとして――首元に冷たい物が押し付けられていることに気がついた。

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