鳥籠の鳥たち

 鳥籠の鳥たちは爆弾を抱えている。文字通りの爆弾だ。爆発すれば半径百メートルが消し飛んでしまうほどの威力を持っている。そんな鳥が鳥籠に数羽。鳥たちは特に鳴くこともなく、キョロキョロと首を振るばかり。

誰がこの鳥たちを鳥籠に入れ、道端に置いていったのか、それは今のところは考えなくていい。とにかく、今ここに爆弾を抱えた鳥が入った鳥籠が存在する。そのことだけを頭に入れておけばいい。

 道行く人たちは、その鳥籠を不思議そうに眺める。足を止め、身をかがめて鳥籠の鳥たちを注意深く観察する者もいたが、すぐにどこかへ行ってしまう。それが普通だ。道端に誰のものかもわからない鳥籠がポツンとあったとして、一体どうすればいいのだろうか。

 

 諸君らはどうだろう。きっと歩く速度は緩めるものの、そのまま目的地に向けて歩き続けるのではないだろうか。それでいい。気にすることもない。鳥籠に気を取られ、目的地に到着するのが遅れてしまうことの方がよほど罪深い。


 一人の青年がやってきた。この青年、特に突出した才能もなければ外見も中の下。この歳までまさに何の変哲もない人生を歩んできた青年である。しかしこの青年には誰にも劣らぬ優しさがあった。困っている人がいれば当たり前のように助け、母親を心の底から尊敬し、友人たちからの信頼も厚い。特質したものを持っていなかったとしても、彼のような人間はそんなことを気にはしない。彼は、人間の価値は他者への優しさであると自然の摂理かのように理解している。そういった面では、彼にも一種の才能があるのかもしれないが。

「おや、なぜこんなところに鳥籠なんてあるのだろう」と青年は鳥籠の前で膝をついた。「飼い主はどこだろう。捨てられてしまったのだろうか」青年は周りを見渡して誰もいないことを確認すると、鳥籠の中を覗き込んだ。中では鳥たちが数羽、身を寄せ合って、ひっそりと息をしている。

 青年はもう一度、辺りを見る。飼い主らしき人物は見当たらない。青年は、しばらくそこに立って飼い主が現れるのを待った。青年は困った人を助ける。今回は人ではなく鳥であるし、鳥が困っているのかどうかは定かではなかったが、彼は彼なりに、この鳥たちを助けようと思ったのだ。

 一時間がたち、二時間がたち、数時間がたった。時刻は午後九時で、季節は冬である。辺りは真っ暗になり、遠くの電灯の足元だけが黄色く明るいのが見えるだけとなった。

 青年は、仕方なく鳥籠を家に持ち帰ることにした。この寒空の下、鳥たちをここに置いていくわけにはいかない。

 自宅アパートについた青年は、冷蔵庫にあった魚肉ソーセージを鳥たちに与えた。鳥たちはくちばしでそれをつっつく。鳥はえさを美味しそうには食べない。

「さて、この子たちを一体どうしたものか。飼い主が見つかればそれが一番なのだが」

 青年はその日から飼い主探しを始めるわけだが、これがなかなか上手くいかない。チラシやポスターも自費で作り、SNSなどでも発信したが、どれも結果は得られなかった。

 飼い主が見つからないのであれば仕方ない。新しい飼い主を募ろう、とこれまた色々と試行錯誤するのだが、これもなぜか上手くいかない。爆弾を抱えた鳥たちであると世間が野生の本能で感じ取っているのか、それとも青年の発信の仕方が悪いのか、あるいはそのどちらもなのか。鳥たちは青年の苦労も知らず、無表情にえさを食べるだけである。

 ある日、青年が鳥を飼育しているのがアパートの大家に見つかってしまった。青年の住むアパートはペット禁止なのである。大家は今すぐ捨ててきなさいと青年に鳥籠を持たせてアパートから追い出した。

「はてどうしたものか。新しい飼い主も見つからないし、かといってまたあの場所に置いておくのも可哀そうだ……」

 ビーッ、とそこで鳥籠の鳥の一羽が鳴いた。青年はこの時初めてこの鳥の鳴き声を聞いた。青年は鳥たちに話しかける。

「思えば、なぜ君たちは鳥籠の中に捕らわれているのだろう。見たところ君たちは文鳥やインコのような飼い鳥ではなさそうだ。君たちはもともとは野生の鳥だったのではないか?」

 ビーッ、と今度は別の鳥が鳴いた。

「きっとそうだろう。なぜ僕はそれに気がつかなかったのだ。君たちは悪い人間に捕らえられてしまった不憫な鳥たちなのだ。きっとそれまでは広い空を優雅に気高く飛んでいたのだろう」

 ビーッ、と今度は一斉に鳥たちは鳴いた。その鳴き声が、青年の手を鳥籠の開け口の取っ手に導いた。

「すまなかった。許しておくれ。君たちをそんな狭い世界に閉じ込めてしまっていた。人間の勝手な都合で君たちの自由を奪ってしまった」

 青年は開け口を開いた。

「さあ、君たちはまた自由の身となった。どこでも好きなところへ行くといい。食べ物に困ったら、また僕のところへ来るといいさ。いくらでもご馳走しよう」

 鳥たちは黙って開け口の方を眺めていたが、やがて順番に跳ねるようにして籠から出てきた。

 最後の一羽が籠から出てくると、鳥たちは一斉に羽を広げて飛び立った。鳥たちは初めは同じ方向に飛んで行ったが、ビルの隙間の遠くの方で、それぞれ別の方向に分かれていくのが見えた。青年は、すべての鳥が見えなくなるまで空を眺めて続けた。

 

 諸君。この短い物語はここでおしまいだ。爆弾を抱えた鳥たちが世界中に散ったわけである。諸君らはどう思うだろうか。道端にある鳥籠を眺める者、鳥籠を家に持ち帰る者、飼い主を探す者、鳥たちを野生に返す者、あるいは鳥たちを飼い続ける者、もしくは鳥たちに爆弾を仕掛け、道端に置く者。諸君らはどこに属するだろうか。

 多くの者たちは、ただ鳥籠を眺め、そのまま目的地に向かう。時間通りに目的地に到着し、それが友人との待ち合わせだったのなら、「今日ここに来るまでに鳥籠があってさ……」と会話のタネにしたっていい。それでいい。特に気にすることもない。

 ただ、この世界には心優しい青年がいる。それを頭に入れておくことだけは、決して怠ってはならない。

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