第8話

 ふわふわと、ほろほろと。

 足元がおぼつかない。そんなゆすらをつなぎとめているのは、彼の大きな手だ。包帯を巻いている方ではない。利き手の方だ。

「怪我、大丈夫?」

「大丈夫。ゆっちゃんの方こそ心配だ」

「私は平気。看護師長と話をして、今まで休日出勤していた分の代休を明日から消化することになった」

「それって、解雇……!」

「違うよ、多分。以前から師長は私のことを気にして下さっていて、先輩方の言動をハラスメントだと判断なさっていたの。ハラスメントの証拠も探していたんだって。大袈裟だと思っていたんだけど」

「大袈裟なものか。……でも、俺が大袈裟にしてしまった」

「師長は、あぐちゃんに感謝していらしたよ。外部のかたの介入があったからこそ、明らかにすることができたって」

「ゆっちゃんは?」

 彼は歩みを止めた。気づけば、目の前の信号は赤だ。

「ゆっちゃん自身は、どう思った?」

 一瞬、彼の目線が下方に向いた。すぐに元の目線に戻り、真剣な面持ちになる。

「ゆっちゃんは、あのときの俺が邪魔者だったんじゃないかな」

「そんなこと、ない!」

 青信号になり、周りの人が歩き出す。

 ふたりも流されるように横断歩道を進む。

「あぐちゃんは、王子様!」

 雑踏の中、彼は立ち止まってしまった。

 包帯が巻かれていない左手の小指で、頬を掻く。あ、これはきっと、何かの癖だ。

 ゆすらは、昔のことを思い出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る