第7話
夢のようだった。
王子様みたいに格好良い彼が颯爽と現れて、ゆすらを抱き寄せる。
「怖かったね。もう、大丈夫だ」
え、イケメン。誰かがそう呟いた。
「何ですか。何か用ですか」
健太郎は、部外者は引っ込んでいろ、と言わんばかりに圧のある口調で問う。
「この人が、ゆっちゃんに危害を加える人か」
彼が冷たく呟く。
「突然申し訳ありません。自分は、船津阿久利と申します。荻野ゆすらさん……いえ、彼女とは昔馴染みで、今は医師と大切な患者様という間柄でもあります」
彼女、という言葉に、健太郎は太い眉をしかめた。
阿久利は穏やかに健太郎を見据え、歌うように告げる。
「すみませんね。ちっちゃな頃から天使みたいに可愛かった彼女が虐められているように見えたものだから、過保護になってしまうんです。昔から可愛かったんですよ。うちの
それを聞いた健太郎が顔を歪め、明らかに怒りをあらわにした。
彼の空気を読まない言動に、周りの人も胡乱げに眉をひそめる。
彼は余裕を持って周りを見回し、ゆすらに微笑みかけた。
「ユスラウメの、ゆすら。俺の大切な、ゆっちゃん。また手をつないで一緒に帰ろう。退勤まで待っているから」
顔が近い。くっついちゃいそう。ゆすらは慌てるが、何もできない。王子様みたいな彼の腕の中で、皆の注目の的になっているのに。
「そいつを離せ! 困っているだろうが!」
健太郎が阿久利に手を伸ばす。
阿久利は健太郎を冷たく見据え、防御するように腕を上げた。利き手と反対であるその手には、包帯が巻かれている。
健太郎が
「あぐちゃん、その手」
「これ? 今日は休診日だったから、自宅でポテトサラダをつくろうとして手が滑った。こんなに不器用なんだもの、外科医にならなくて正解だった」
包帯が巻かれているのは、左手の親指から中指にかけて。無傷な薬指に指輪がないことを知り、ゆすらはなぜか安心してしまった。
「お前、ぼけっとしてないでこっちに来やがれ!」
健太郎に怒鳴られれば、身がすくんでしまう。しかし、ゆすらは動かなかった。
「嫌、です」
可愛げのない女だとはわかっている。でも、一度でも場の空気に流されたら、誤解されたままになってしまう。
自分の意思で動かず、自分の意思で否定した。
「断ります」
ゆすらは、恐怖心を捻じ伏せて、健太郎を見据える。
「なんで! なんでそんな嘘をつき続けるんだよ! ドクターを盾にしてまで、俺達のことを侮辱するのかよ!」
健太郎は大きな体を丸め、泣き崩れた。すぐさま看護師達が駆け寄り、健太郎を慰める。
ゆすらは阿久利に手を引かれ、ナースステーションを出る。
廊下では、「大丈夫?」と声をかけてくれた人がいた。看護師長だった。
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