3
寄宿舎の食堂で夕食を摂り、自室へと戻る。
やっと肩の力を抜けると、クラウディアとクリスティナはふたり揃って制服を脱いで、寝間着に着替えた。
クリスティナのまとめていた髪を降ろしてしまったら、もうそこには姿見のようなそっくりそのままのふたりしかいない。
就寝時間までまだ時間があるため、ふたりでヌガーを詰めた瓶を開けてベッドに転がる。
ふたりでヌガーを摘まみながら、互いの一日を報告し合った。
瓶を開けるタイミングも、手に取るタイミングもわかるために、互いに無言でヌガーを分け合いながら、咀嚼する。
「……疲れました。お姉様、いつもこうでしたの?」
「お疲れ様。体は大丈夫? 私のクラスメイト、基本的に陰険ばかりだから、つらかったんじゃないの?」
「そんなことはありませんでしたよ。ただ、物事に対してずいぶん遠回りな言動をなさるんだなとは思いました」
「遠回し過ぎて嫌味なんだわ、本当に」
歯に衣着せぬ物言いは、王都ではずいぶんと嫌がられるが、その物言いが大嫌いなクラウディアからしてみれば「嫌われて結構」となってしまうのだった。
クラウディアは思い出してイラッとしたのか、ヌガーをガリッと噛み砕いた。
一方のクリスティナは、口に放り込んだひとつのヌガーをいつまでも舌の上で転がしていた。
ヌガーの甘い味を堪能しつつ、「ですけど……」とクラウディアを見つめる。
「私のクラスメイトのほうが、性格はよくないと思いますけど……そのう」
「まだこっちを馬鹿にしているんだってわかりやすいだけ、まだマシ。厄介なのは、自分の発言力の高さを全く理解してないメガホンみたいな人よ。クリスのクラスには、そういうのがいなかったから。うちのクラスはそういうのしかいないから、全然気が抜けないのよ」
「まあ……そうですね。それで、お姉様から見て、エルベルト様はどうでしたか?」
ヌガーの瓶に手を伸ばしていたクラウディアの手が、一瞬止まった。
「……あの人、私が授業でミスを侵したとき、助けてくれたの」
「あらあ……」
「エルベルトのこと、クリスは苦手なんでしょう? どうなの?」
「……正直、私だとまともにお話しができた試しがないので、なんとも言えないです。でもお姉様、私あの方に授業で助けていただいたこと、一度もありませんよ?」
「ええ?」
クラウディアは今日一日のことを思い返した。
さぼっていたダンスの授業に困ると言ったら出てくれた。それ以降は授業にまともに出て、失敗しそうになっているクリスティアのふりをしたクラウディアを助けてくれた……。
そこで気付いた。
「……ねえ、私たちって、入れ替わっていても誰も指摘したことないじゃない。寮母さんだって気付いてないわ」
「そうですね」
「……私たちの入れ替わり、まさかと思うけどエルベルトが気付いたっていうのはどうかしら?」
「……でも、エルベルト様、私との婚約、あまり乗り気じゃありませんよ?」
クリスティアに指摘され、本人もそんなことを言っていたことを思い出す。
クリスティアは、新しいヌガーに手を伸ばしながら続ける。
「私がお姉様に代わりに授業に出てもらっていたと、先生方に告げ口すれば、出席日数が足りません。それが原因で卒業できなかったって、屁理屈を捏ねれば、婚約解消はできると思うんです。わざわざ私のふりをしたお姉様を助ける必要ってないですよ?」
「そう……ね」
クリスティナの指摘に、クラウディアは少しだけ気分が沈みかけたが、同時に疑問に思った。
どうして彼がクリスティナを助けたがらないことをしょげないといけないのか。
そもそもエルベルトが自分たちの入れ替わりに気付いていて、なにも言わない理由はなんなのか。
クラウディアは一瞬湧いた疑問を、すぐに忘れてしまった。
一方、クリスティナはヌガーを舐めながら言う。
「……お姉様がどうしてセシリオ様を苦手にしているのかは、なんとなくわかりました」
「そう?」
「あの方は賢過ぎます。頭の回転が速過ぎて、説明しないといけない部分を全く説明しませんから」
「賢い人って、説明するのが上手いんじゃなくって?」
「頭の回転の速過ぎる方は、自分でわかっていることを、わざわざ説明する必要を感じないんです。だからあの方が薄情にも優柔不断にも見えるんでしょうね。ただその都度説明を求めれば、寛容な方にもお見受けしました」
敵をつくらないようにするとなったら、相手に付け込む隙を与えない、敵に回すと困ると思わせないといけない。そうなったら先読みで会話を進めてしまうのだから、その会話は傍から聞くと無神経になってしまう。セシリオはそういう言動を取る人間にクリスティナは思えた。
ヌガーを舐めながらそう言うクリスティナを、クラウディアはポカンと見てから、ヌガーの瓶の蓋を閉めた。
「……前から思っていたけど、本当だったらクリスのほうが、うちの当主に向いていると思うわ。だって、あなたのほうが私よりもずっと頭がいいじゃない」
「そんなことは……」
「別にいいのよ。あなたは学院はじまって以来の神童だって言われていたのに、私のせいであなたまで価値が下げられてしまったんだから」
そう言ってクラウディアは自嘲気味に笑った。
王立学院に入学した際、模擬試験を受けたときに、クリスティナは学院はじまって以来の点数を叩き出して、色めきだったことがあった。
しかし、その直後にクラウディアがしつこくからかってくる王族を殴ってしまったことで騒ぎになり、たちまちクリスティナの【神童】のラベルは【問題児】のラベルに貼り直されてしまった。
双子が物珍しかったがために、教育方針を教師のほうもちっともわかっていなかった。
双子は平等に指導しないといけないという教訓を、履き違えたのである。
このことはクラウディアは非常に申し訳なく思っていたが、それにクリスティナはぶんぶんと首を振った。
「私は……お姉様と一緒じゃないのは嫌です」
「私、あなたほど立派じゃないわ? 当主にならないといけないって勉強はしているけれど、着いていけているのかこっちだってわからないもの」
「そんなことおっしゃらないでください」
クリスティナはだんだんと涙目になってきたのに、クラウディアははっとした。
「……もう寝てしまいましょう。夜は悪いこと考えてもしょうがないのにね。明かりを消して」
「は、はい……おやすみなさいませ」
「おやすみ」
ヌガーの瓶を片付けて、明かりを消すと、ふたりとも互いのベッドに潜り込んだ。
どうせ消灯の時間なのだから、もう眠ってしまったほうがいい。
双子は厄介な生き物であった。
顔も背丈も似通い、同じタイミングで話をするふたりを、肉親以外のほとんどの人間は見分けがつくことがなく、教師やクラスメイトはもちろんのこと、屋敷の人間ですらときおり名前を呼び違える。
ふたりひと組として扱う人間には決して懐くことがなく、からかう人間に憎悪すら向ける。
個人として扱われたいはずなのに、双子である事実を個性と履き違えている。周りからそういう扱いを受け続けた結果、本人ですら大きく誤解している。
だからこそ、互いの願いや想いがぴったりと癒着してしまい、引き剥がそうとするとヒリヒリと痛む。
当主になりたいのか、なりたくないのか。
婚約者と合っているのか、合っていないのか。
常に一緒にいる相手のことはなんでもわかっていると思ってしまっている。実際のところ、言ってないことはわからないのだが、そのことをこのふたりはよく忘れる。
だからこそ、婚約者に理解が得られていない事実に、気付くことができない。
自分の願いと相手の願いを無意識の内に混ぜてしまって、ふたりだけだと引き剥がせなくなってしまっている。
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