4
――は?
頭が真っ白になった。
ミハラ、エイジ?
それって、三原栄治?
つまりは、梅崎栄治?
え、でも。先輩はもう……。
妹尾の顔を見る。
微かにだが、口元がぎっと上に歪んでいる。
笑っている。まるでイタズラがバレたような、悪い笑顔。
「そんなにダメだったか? 俺の演技」
だらしなく妹尾はパイプ椅子に寄りかかった。声も姿も間違いなく妹尾恭子だ。なのに喋り方や態度は今までとまるで別人だ。いや、まるでではない。別人そのものだ。
「まあ、知らない人間が見れば気付けないかもしれないね。演技もどうかと思いましたが、あなたはもう全てがバレてもいいという前提でここにいるはずだ。だから問いかければ素直に答えてくれる、そう思っただけだ」
「なるほど。正直こっちも女性の演技をするのには慣れてなくてな。そう言ってもらえて助かったよ」
「ちょちょちょちょ、ちょっと待って下さい!」
もう限界だ。混乱なんてものじゃない。このままでは私の理解が追い付かぬままに全てが終わってしまうかもしれない。
「なんだよ、ゆとり。落ち着けよ」
「ちょっと今その顔と声で喋らないでください!」
「御神さん、まさかこいつ何も分かってねえのか?」
「百聞は一見にしかずと思ってね。でもやっぱり事前に説明してあげた方が良かったかもね」
「絶対にその方が良かったです!」
「悪かったよ。でも君なら分かるはずだ。ここまで君は自分の頭でちゃんと事件を整理してきたじゃないか。落ち着いて考えれば、君だってちゃんと理解出来る」
簡単に言ってくれる。落ち着いて考えれば分かるだって?
「ふーーっ」
長く、深く深呼吸を一つ。
すぅっと気持ちが少し和らいだがまだ足りない。もう何度か深呼吸を繰り返す。だいぶと落ち着いてきた。
よし。
「大丈夫です」
「じゃあ、続けようか」
私は妹尾恭子に向き直った。彼女は私の方をにやにやとした表情で見ていた。非常に腹立たしい態度だ。
今起きている事はどういう事なのか。
目の前にいる人物は妹尾恭子ではなく、三原栄治である。まずその事をちゃんと認識しなければならない。でも、彼は死んだはずだ。それはどういう事なのか。
「僕達は武市君の手首、死人の手の謎に振り回されすぎてしまっていた。全てをその能力だけで展開しようとしてしまっていた。だから解けなかった。それが違う事に気付かされたのが豊さんの死だった。それまでの死体と明らかに異なる死に方。一見すればただの自殺に見えるが絶対にそんな訳がない。タイミングが良すぎる。そして息子と同じ死に方。どうやったかは分からなかったが、あれは僕らに対してのメッセージじゃないかと考え始めた。だとすれば何を伝えたかったか。豊さんの死は事件に関係している。そしてそれは昌彦君が何故首吊りで死んだかという事にも関係している。二人は同じ手段を持って殺されている。そういうメッセージだと」
二人の首吊りが同じ手段で殺されている。という事は自然と出る答えは、豊さんを殺した犯人は同時に、昌彦君を殺した犯人でもあるという事になる。
「自殺としか思えない死体。しかしそれは昌彦君の死に方が違う事を物語っている。彼は首を吊って死んだ後に、自らの手で自分の手首を斬り落とすという通常では考えられない行動を行っている。これが大きなヒントだった。あなたの能力があれば、そんな事も可能であると。その能力があったからこそ、豊さんを殺す事を可能にし、妹尾恭子の犯行を補助する事が出来た」
能力、とはっきりと御神さんは口にした。その時私は、御神さんの話を思い出した。
“あの時の瞬間移動は彼女の意思で行われたのだと、僕は思っている。つまりそれは、力を使わざるを得ない何かが、あの時起きたんだ。それはつまり、誰かそこに尋常じゃない力を持つ何かが存在していたという事なんだ”
過去にあった少女失踪事件。事件の真相は少女の瞬間移動能力だと結論づけられた。しかし、御神さんはそこにもう一人の能力者の可能性を口にしていた。
今回の事件。そこには武市君の能力と、もう一人の能力があったのだ。
「そして今、あなたが妹尾恭子の中にいる事が何よりの証明。あなたの能力は言うなれば、憑依」
「憑依? 憑依ってあの?」
「そうだ、君の思う憑依で合っている。この能力があれば全てが説明出来るんだ。今三原栄治は完全に妹尾恭子の身体、魂を支配している。自分の思う通りに動かす事が出来る。その状態であれば、豊さんを殺す事など容易い。自殺をすれば殺せるのだから」
「じゃ、じゃあ昌彦君の時も」
「そうだ。だが、よくもまあ恐ろしい事をしたものだ。憑依というものは生者に対して行うものだと思っていたよ。一度目、首を吊らせた時は豊さんと同じだ。だがそこで終わらなかった。昌彦君が死んだ後、彼はもう一度憑依した。死んだ昌彦君の身体に」
寒気がした。殺した後に、もう一度憑依をしただって?
「神をも恐れぬ行為だよ。死者を操るなんて。でもそれなら納得がいく。どうやって自分で手首を斬り落としたのか。何故そんな事をしたのかまではさすがに僕にも分からないが、憑依を行えば可能な事だ」
なんて真相だ。私が考えつけるはずもない。死人の手については無理矢理自分の頭を納得させられたが、死体が動くという可能性は自分の中で自然と排除していた。でもそれすらあり得てしまうのだ。そんな能力がこの世には存在するのだ。
「そしてこれで妹尾恭子のサポートや諸々にも説明がつく。まず豊さんを殺せたという事は、あなたにとって物理的な距離はおそらく関係ない。ある程度の目安さえあれば、憑依を行う事が出来る。次沢達の現住所といった情報を調べるのには、刑事であるあなたなら憑依なしでもある程度可能だっただろう。だがそれ以上の事、行動パターンの把握といった細かい所まではおそらく憑依を使って現地調査を少なからず行っていたんだろう。そして妹尾恭子が難なく全員を殺害出来た事も、妹尾恭子の位置情報を把握していれば彼女を近くで監視し補助する事も出来た。おそらくは、次沢達にもあなたは殺される直前に憑依で行動に制限をかけた。だから妹尾恭子は犯行を完遂する事が出来た」
「……あれ、ちょっと待ってください」
「どうした、ゆとり君」
三原栄治は位置情報で妹尾恭子の状況を把握していた。と、言う事は……。
“そんな事より、お前携帯のGPSつけとけよ”
あの発言。あれはそういう事だったのか。
「私のGPS……」
「ああ、そうだ。君は何度か背中を気にした事があったね。そこは君の感覚が鋭いおかげもあるけど、僕達は度々監視されていたんだ。この男に」
なんて事だ。先輩は、三原栄治は事件の最中にも私達の近くにいたのか。
「武市君の能力、そしてあなたの憑依能力、二つの能力が全てを可能にした。これが真実」
この瞬間、全てが解明された。人を殺める手に憑依。完全にオカルトの世界だ。でもこれこそが事件の真実だ。今回の事件だけではなく、過去の影裏が解決出来なかった武市君の死についても解明された。
これでやっと胸の靄が晴れた。ようやく気持ちよく眠れる夜が来そうだ。
「しかし、真実と真相は別だ」
――え?
これで終わりじゃないのか?
まだ何かあるのか?
私は黙って御神さんの言葉に耳を傾けた。
「ここまでで何が起きたかは全て説明出来た。表面的な事件の解明には至れた。しかし、これが真実だとするなら、いささか納得がいかない点がある」
三原栄治は黙ったままだった。
「今の話ならば、真犯人は三原栄治という事になる。だがそれだとおかしい事がある」
「何がおかしい?」
「憑依という他人を支配する力があるのなら、わざわざ妹尾恭子に実行犯を任せる事はない。あなたの力で事足りるはずだ。でも実際憑依の力で殺害したのは武市君親子だけだ。それはつまり、三原栄治を含めた次沢達に関しては、妹尾恭子に殺害させる事に意味があったからだ。あなたの言葉で言う所の、償いにあたるのかな」
「だったら何だよ」
「おかしい」
「だから、何が?」
「三原栄治がそもそもどういう人物だったか。当時のクラスメイトに確認したが、とても穏やかな生徒だったと聞いている。武市君のイジメに関しても傍目から見ても積極的に加わっているわけではなかった。仕方なく周りに同調している、そんな様子だったと」
「そうだったかな。覚えてねえよ」
「三原栄治が真犯人だとするなら、何故この事件を起こしたのか。武市君を憐れんで彼の為に復讐を行った? いや違う。あなたは武市君を殺している。この動機は当てはまらない。そして何故妹尾先生に実行犯を委ねたのか。三原栄治君は特別妹尾先生を慕っていた? 何か特別な思いがあった? これもおそらく違う。そんな情報は調べの中で出ては来なかった」
三原栄治は何も言わなかった。さっさと先を言えといった様子だ。
「逆に言えば、武市君に対して恨みを頂き妹尾先生を慕っていた生徒であれば、動機が成り立つ。しかしあなたが真犯人である事に変わりはない」
真犯人は目の前にいる。なのに動機が真犯人と合わない。質の悪いなぞなぞだ。
「そもそも武市君の手を使って犯行を行うという発想自体がおかしい。あの日クラスにいる全員が、武市君が人を殺したと思ったはずだ。でもそれは憶測に過ぎない。状況からの判断に過ぎない。誰もそれを証明出来ないはずだ。ただ一人を除いてね」
待て。ちょっと待て。まさか……。
猪下小学校で起きた出来事を頭の中で思い起こす。
騒然とする教室。その中心にいる武市君。屈みこむ妹尾先生。
「実際にその手で殺されたからこそ、武市君の力が本物であると知っていた。だからこそ武市君を恨んでいた。慕っていた妹尾先生を悲しませた全てを恨み、先生の気持ちを浄化してあげたいと思ったからこそ、妹尾恭子に殺害を行わせた。全ての辻褄が合う人物は、ただ一人。死人であるはずの君しかいない」
必死に呼びかける妹尾先生。
教室の真ん中で倒れ微動だにしない生徒。
なんだ。じゃあ結局、全ては死んだ人間の仕業じゃないか。
全ての条件に合致している人物は一人しかいない。
――神山、忍だ。
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